第10回 初秋
からくれないの錦を探してもみじ狩り
~竜田川から朝護孫子寺(信貴山)へ

紅葉、と聞けば竜田川。”ちはやぶる”の枕詞で始まる古今和歌集の在原業平(ありはらのなりひら)の歌があまりにも有名で、流れゆく川面を落ち葉が赤く染める光景は竜田川という固有名詞にこだわらなければ日本人なら誰でも思い浮かべることのできる共通の風景かもしれない。

その竜田川は、奈良県にある生駒山の東麓から南へ流れ、生駒谷や平群谷(へぐりだに)を刻みながら大和川に合流する。古代、このあたりは平城京から難波宮への通り道で、人々は美しい山の四季に魂を揺すぶられたことだろう。
 
しかし業平が詠んだ竜田川は現在の竜田川ではなく、大和川本流を指しているらしい。たびたびと氾濫して流域の人々を泣かせてきた大和川は、江戸時代になって現在のように西の海に注ぐよう付け替えられたため、地形は当時とは一変してしまっているのである。
これを惜しんでか、地元では紅葉の観光地にするため平群川を「竜田川」と称し、公園を整備した。護岸沿いに約2㎞にわたる遊歩道を、散策しながら紅葉を眺められるのだ。

けれども、頭にちらつくのは「紅葉狩り」という言葉。古代の人は、何を狩るわけでもないのに朝から一日かけて山奥に行き、自然が織り上げた色彩の妙を楽しんだ。そう、彼らにとって、紅葉は身近に見られる人工の場にあるのではなく、たっぷり手間と暇をかけ、広大な奥山から探しだすものだった。そして自分だけが巡りあうことのできる自然の恩寵であるからこそ、「狩り」と呼んだのだ。

贅沢だが私も業平が見た”神代でもありえない”ほどの紅葉を見たい、という欲望はおさえがたくなる。川は違ってしまったようだが、紅葉する山そのものは変わらないはず。「竜田山」の名も古くから登場し、信貴山から南、大和川以北の山々の総称であったそうだから、行けばきっとみつかる気がする。

さあ、そうなれば、めざすは信貴山。
以前、桜の頃に訪れたことがあるが、楓ばかりが紅葉ではない。秋にあれがすべて色づくならば、全山、ものすごいことになっていよう。
そこで前日から近鉄奈良駅前の登大路ホテル奈良に泊まり、早朝、いざ紅葉狩りへ。
近鉄生駒線に乗り換え「竜田川駅」で降りると、街角の道標に「信貴山まで7.5㎞」とあった。もう竜田山のテリトリー内にいるわけだ。

途中、道標が「信貴山」と「奥の院」の二股に分かれ、秤に掛けるように悩まされるが、だいぶ標高も上がっており遠くにも近くにも色づく山が美しい。温暖化の影響で紅葉にジャストな日程は予測しづらく、11月初旬を選んだ私は少し出遅れたようだ。それでも、道に散り敷く落ち葉も赤や黄色に染まり、ガサガサ踏みしめながら行くのがもったいないほど。途中何度か、目の覚めるような赤い紅葉の木を見つけ、しばし足を止めて眺め入る。

辿りついた信貴山には「朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)」という毘沙門天王の総本山が鎮座する。聖徳太子が、寅の年の寅の日寅の刻に毘沙門天を感得し祀ったことが起こりの寺だ。広大な寺域には本堂の他、護摩堂、三重塔など数十棟の堂宇が立ち並び、シンボルの虎が出迎えてくれて、見どころは満載。だが、もう紅葉だけ見ていてもいい。全山を溺れさせるような赤や、銀杏の黄色、灯籠の屋根の苔の緑と、あらゆる色彩を目の奥に刻み、竜田の山々の風に吹かれていたら、これが正しく紅葉狩りというものなのだと実感できる。

 「ちはやぶる神代も聞かず竜田川
からくれなゐに水くくるとは」

在原業平 『古今和歌集』秋・294 / 『小倉百人一首』17番

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。
著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社・鈴木商店の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。
2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、呉服商から皇室御用達百貨店を目指した女主人の一代記『花になるらん-明治おんな繁盛記-』(新潮社)。

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