第13回 初夏
平成最後の大建築で天平時代へタイムスリップ
~興福寺中金堂~

奈良が、動いている。
いや、千三百年の歴史を誇る古都が動いたりするわけはないのだが、近年まであった景色が一変すると、やはり「動いた」としか言いようはなくなる。それほどに景色に大きな変化が起きたのが、興福寺だ。

登大路ホテル奈良に泊まると部屋の窓からは興福寺北円堂の美しい八角円堂が見えるので、いつも「お隣さん」と言いたくなるほど親しみを持ってしまうが、言わずと知れた世界遺産。平城京の幕開けとともに藤原不比等(ふじわらのふひと)が創建した国家鎮護の大寺だ。特に五重塔は、不比等の娘、光明皇后の建立になる優美な塔。まさに奈良を代表する建造物といえよう。

そんな五重塔と、並列する東金堂、二つの建物の西側に「中金堂」が登場したのだ。
むろん今までなかったというのでなく、長い歴史の中で七度も火災に遭い、そのつど再建されてきたものの、江戸時代の火災で燃えた後は小さな仮堂のまま現代に至っていた。それが三百年ぶりに、もとの規模で再建されたというわけだ。

建造当初は興福寺の中心的なお堂だっただけに、そのスケールたるや、唐招提寺金堂や薬師寺大講堂に匹敵するか上回るか、というくらい。興福寺境内では最大規模の仏堂となる。まさに、平成最後にして最大の木造建築物にちがいない。「奈良が動いた」というのが、過言でないとわかってもらえよう。

ホテルの部屋に荷物を置いたら、早速、出かけてみる。歩いてもお隣さん。いわば奈良に来たら必ず行うマーキングといえようか。人の多さや花や木の移ろい、変わってゆくものはたくさんあるのに、由緒ある建物が出現したとあらば、ぜひ見ておきたい。

百聞は一見にしかずというが、なるほど、中金堂の大きさにまず驚かされる。柱はどれも朱塗りや、青や丹で鮮やかに仏画が描かれた法相柱。梁を見上げれば、よくこんな材木があったものだと感心するほど大きい。アフリカのケヤキ材やカナダのヒノキ材を用いたそうで、おそらく日本国内ではもう、これほどの巨木は見つからないのだろう。天平時代はペルシャやインド、中国など国際色豊かな文化が栄えたが、さすがにアメリカ大陸とは縁がなかったから、仏さまもビックリだろう。

ご本尊は仮金堂時代に安置されていた釈迦如来像で、脇侍は重要文化財の薬王・薬上菩薩像。さらに、須弥壇の四方を固めるのは、南円堂にあった四天王像で、運慶の作と伝えられ、堂内では唯一の国宝だ。どのお顔にも、人間の人生の数十倍もの長い星霜がうかがえ、眺めていると時を感じない。
 
そしてあたりを見回せば、私の他の拝観者は、明らかに海外からの観光客、それに、折しも奈良マラソン前日とあってランナーたちの姿もあり、これまた様変わりしているのも奈良の“今”なのだ。
静なるもの、動なるもの、古きもの新しきもの。そして、遠来のもの、近隣のもの、それら相反するものたちすべてを飲み込みながら、やっぱり奈良は、動いている。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、日本の精神文化の統一の歴史を探る『にっぽん聖地巡拝の旅[あずま下り編]』(大法輪閣)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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