第14回 初秋
清き酒のふるさと奈良
梅乃宿酒造の蔵を訪ねて

奈良に来た日は登大路ホテル奈良でいただく食事が何よりの楽しみ。この日も、洗練された本格フレンチの皿には地元奈良の食材がいろいろ登場した。黒滝村のあまご、大和当帰葉(やまととうきば)……、それはどこ? と産地を聞くだけで旅のイメージが広がりそうだ。

となると、地元の日本酒が合いそうだな。奈良には銘酒が多いことだし。
そう、奈良といえば春日大社には神様に捧げる御神酒を自前で造る酒造所があったし、大神神社(おおみわじんじゃ)は酒の神様として信仰され、新酒ができあがった時に酒屋の軒に掲げる「酒林(さかばやし)」は、三輪山の杉の葉で作るのが伝統。
そしてこれら古くから作られていた御神酒はどぶろく、つまり濁り酒だが、透明な清酒を作り出したのもここ奈良だ。菩提山正暦寺(しょうりゃくじ)には「日本清酒発祥之地」の碑が建っている。

エッ? お坊さんがお酒を造るなんて戒律破りじゃないの? と思いきや、当時は神仏習合で寺も神社も一緒だから、神様の酒を造るのも僧侶の仕事だった。寺社には広大な荘園があり原料の米には困らなかったろうが、大がかりな酒造器具のない時代、どぶろくを布で濾すという技術は革新的だった。独自に高度なバイオの知識を集積してはコツコツ手間ひまをかけて作った酒は、僧坊酒(そうぼうしゅ)と呼ばれ、品質の良さが高く評価されていたという。
これを原点として、奈良の酒造業者が「南都諸白(なんともろはく)」へと引き継いでいく。室町時代ともなれば商品流通が確立し、良い品を大量に製造する改良が重ねられていったのだ。

さて、うんちくはこのへんで。
ソムリエが選んでくれたのはキリリと冷えた清酒。グラスを近づけると、ふわっと子供の頃の記憶がたちのぼった。親にねだってちびり、舐めさせてもらったお正月のお屠蘇の香りだ。きっと米のお酒の、揺るがず変わらぬその香りが懐かしさをかきたてたのだ。

蔵元は葛城山の麓で明治二十六年に創業した「梅乃宿」という。山田錦をはじめ備前雄町や奈良県産ひのひかりなど、多様な酒米を原料に用い、どの銘柄も平均55%という高精白だとか。仕込水は葛城山系の伏流水。なるほど、しっかり米の味がするのも当然か。

ここは酒蔵見学もできるというので、早速、次の日に予約をとって出かけてみた。
近鉄新庄駅から徒歩約15分、酒造りの季節だけに寒い日だったが、見渡せばあれが葛城山、こちが二上山と、目に入る風景を楽しみながら蔵を見つける。昔ながらの白い壁には風情があって、塀の内には酒蔵の名前にもなった梅の古木が見えている。

昔ながらの製法や近代的な設備の見学は、タブレットや展示を使ってとても丁寧。そして後のお楽しみは、やっぱり利き酒タイム。たくさんあって目移りし、好みの味を見つけるまでに酔っ払わないよう要注意だ。
伝統的な清酒に加え、モダンな取り組みが光るのもこの蔵の特徴で、日本酒ベースのリキュール「あらごし梅」「あらごし桃」は女性にはお馴染みのシリーズ。お酒をそれほど飲めない人にも支持されるヒット商品だ。
直売もあるので、自分用に「あらごしゆず」、日本酒好きの夫へのお土産には「特別純米 生酛限定酒」を選ぶ。無濾過生原酒だから淡い乳白色で、ほんのり発泡感が舌にあるのが新鮮だ。さてどんな感想が聞けるやら。
酔ってはいないが、万葉の時代からそこにある山々がすこぶる上機嫌に見える帰り道だった。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、戦国時代の最後のヒロイン、千姫の人生を描いた『姫君の賦(ふ)―千姫流流(りゅうりゅう)―』(PHP研究所)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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