第16回 初春
失われた宝をいま一度
法隆寺・金堂の焼損壁画

 百年、千年、人ならそんなに長く生きられない歳月を、確かに存在し続けてきた建造物。
言うまでもなくそれらは時の証人であり、人類が残した宝であるのはまぎれもない。

 なのに現代になって、人間のミスで失われる絶望的な事故が続いている。パリのノートルダム寺院、沖縄の首里城……築くにも何年もかかるというのに、燃えてなくなるのは一瞬だ。だからこそ二度と大切な宝を失うまいと、日本では「文化財保護法」という法律が作られ、1月26日が文化財防火デーとして、日本各地の社寺等で消火訓練が行われている。
 それは、痛い失敗の上に築かれた誓いでもある。機会となったのは法隆寺の金堂壁画焼損、昭和24年1月26日の火災だった。

 言うまでもなく法隆寺は、世界最古の木造建築であり、世界遺産だ。多くの国宝を擁するが、その一つである金堂外陣の土壁に描かれていた12面の壁画は、7世紀末頃の仏教絵画の代表で、インド・アジャンター石窟群の壁画、敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)の壁画と並ぶ傑作だった。ギリシャ美術の影響が見える穏やかな阿弥陀仏の顔は、通常切手のデザインにもなったので記憶に残っている方も多いだろう。

 そんな史上まれな文化財だからこそ、次の時代に大切に残そうと、壁画の模写作業が行われていたのである。そのさなか、なんと画家の電気座布団から出火したのだ。
 当時の斑鳩は今にもましてのどかなところだったそうだが、火の手が上がってからサイレンは鳴り止まず、近隣から駆けつける消防団の動きが遠くまで聞こえたという喧噪。
 ところが、焼け焦げたオリジナルの壁画は、柱などとともに消火活動の中で必死に運び出され、法隆寺内の大宝蔵殿の裏手の収蔵庫に保管されている、というのをご存じだろうか。

 収蔵庫は長年非公開となっているため、文字通り、秘められた宝ということになる。
 だが法隆寺では、これら焼損壁画を、将来的には公開したいと、長年、耐震性の調査が行われてきた。ようやく問題ないと判明したため、早ければ来年(2021年)を目途に実現させようという運びが高まっている。

 そのため、2020年2月、東京の有楽町朝日ホールで「法隆寺シンポジウム 百済観音と聖徳太子のこころ」(主催/朝日新聞社など)が開催され、今一度、文化財保存についての議論がなされた。私もパネリストとして招かれたので、事前に、収蔵庫内の保管物も見せていただけることになった。

 収蔵庫の中はまさに沈黙する棺のようで、消し炭のように爛れた柱は痛ましく、猛火の勢いを思い知らせて、言葉も出ない。むろん、壁画の仏たちも黒焦げのお顔。もとの鮮やかな彩色は失われている。それでも、紅殻で描かれた輪郭はくっきり残り、焼けてさえ神々しくて、圧倒されるばかりだった。

 文化財である前に、これら御仏(みほとけ)たちは、焼け焦げつつも愚かな人間を救うためこの世におわす存在なのだと実感する。公開の日、多くの方が思いを深めることだろう。


東京国立博物館にて特別展を開催予定
「法隆寺金堂壁画と百済観音」
開幕日未定~5月10日(日)
https://horyujikondo2020.jp/index.html
※2020年3月18日現在の情報です。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、日本の精神文化の統一の歴史を探る『にっぽん聖地巡拝の旅[あずま下り編]』(大法輪閣)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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