第17回 初夏
ならまちで出会う、母につながるやさしい奈良ふきん

 久しぶりの奈良だから、朝食の後は散歩が何よりのお楽しみ。いつ来ても変わらない寺院の空気はもちろん、ホテルに近い「ならまち」は、来るたび何か新しいものが生まれている。

「遊 中川 本店」も、お散歩途中の”発見”だった。外見は昔ながらの虫籠窓(むしこまど)に低い瓦屋根の商家だが、何屋さんかと格子戸の内を覗いてみたら、中は広々、町屋を生かしたおしゃれなお店。雑貨から洋服までさまざまに、ぬくもりあふれる品々が迎えてくれる。まずは鹿のイラストの小物たち、そして色彩豊かに並んでいるのはハンカチ?それともスカーフ?
「違う、これ知ってる」と思わず弾んだのも当然で、以前、東京の大きな商業施設のおしゃれなショップで出会っていた。そう、手に取ればそれは、風を孕むように糸目を透かして織られた花ふきん。何だろう、この古めかしさとおしゃれさとのコントラストは。

「奈良の特産、蚊帳(かや)生地で作っています」
 爽やかなショートヘアの女性スタッフの説明に、つい「へえー」とリアクション。蚊帳なんて今の人は知ってるのかな。私にはしっかり、子どもの頃の昭和の思い出があるけれど。
 エアコンなどない時代、夏に涼をとるためには戸や窓を開け放つのだが、虫が入ってこないよう、天上から吊して部屋ごと守るメッシュ状の布の装置が蚊帳だった。蚊は通さずに風を通すのだから、当然ながらメッシュの織り目は密でありつつ細かに透けて、なんとも風雅、なまめかしくもある夏の風物だった。蛍狩りの夜、蚊帳の中で虫籠を開け、ふかふか、呼吸するように光る幻想的な蛍の舞を見ながら眠ったことを思い出す。

 このふきんは、その蚊帳を生産していた昔ながらのシャトル織機で織られている。薄手なので二枚重ねにして、縁をミシン掛けでほつれにくくしてあるが、その作業は一枚ずつの手作業という。丈夫で吸水性もよく、やわらかなので細かいところまで行き届く。
 まるでお母さんみたいだな。ふっと、子どもが喜ぶようにと蚊帳の中に蛍を放してくれた母の笑顔がよみがえった。ああ、だから懐かしい気がしたんだろうか。

「奈良は、蚊帳の一大産地だったんです」
 昭和35年頃には、全国の蚊帳の約8割が奈良で生産され、特産品となっていた。しかしその後、網戸やクーラーの普及といった生活様式の変化により蚊帳の需要が減り、織物業者が続々と廃業していった。そこで、享保元年(1716)に高級麻織物「奈良晒(ならざらし)」の商いで創業した中川政七商店の十三代の母が、蚊帳のもつ吸水性・速乾性を活かし、季節の花の色に染め上げた美しい「ふきん」として再生させたことで、蚊帳は新たな用途となった。

 温故知新とは言うが、古きよきものを時代に合うようアップデートし、奈良から全国発信したのが絶大な支持を受けた。今ではふきんのみならず、素材を生かしてファッションから生活用品全域で商品を展開し、どれも人気だ。

 だが成功物語は魔法にあらず。そこには語り尽くせない苦労があったことだろう。それでも、黙っていてもこのふんわりとやわらかな布は、あらゆる記憶を伝えてくれる。
 奈良に特産あり。買い物の後、店の奥にある静かなスペース「茶論」(さろん)で薄茶のセットをいただけば、また一つ、奈良が深まっていく。


【中川政七商店「遊 中川 本店」(ゆう なかがわ ほんてん)へのアクセス】
奈良市元林院町31-1(近鉄奈良駅より徒歩約8分/JR関西本線奈良駅より徒歩約15分)
TEL 0742-22-1322
10:00~18:30
※2020年6月現在、営業時間を短縮しております。詳細はこちらをご確認ください。
https://www.nakagawa-masashichi.jp/staffblog/blog/b446/
https://www.nakagawa-masashichi.jp/staffblog/store/s128301/

イラスト/井上ミノル

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、日本の精神文化の統一の歴史を探る『にっぽん聖地巡拝の旅[あずま下り編]』(大法輪閣)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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