長岳寺

第18回 初秋
じごくツアーにようこそ
長岳寺の地獄絵・絵解きを体験

 タイトルを「じごくツアー」なんて軽々しいものにしてしまったが、日頃、仏教のおしえから遠ざかりがちな現代人には、実際、地獄をディープに表すことは難しい気がする。

 昭和生まれの私などはまだ、子どもの頃によく大人たちから「嘘をついたら閻魔(えんま)さんに舌を抜かれるよ」とか、「いけないことをしたら地獄に落ちるよ」など、ことあるごとに善悪の基準として持ち出され、地獄は恐ろしいながらも身近に存在したものだ。けれども、地球のすみずみまで人類が踏破し、どんな秘境も衛星から見透かせる時代となった現代は、未知のエリアなどないに等しく、子どもたちに同じことを言ったところで、「そんな非科学的なこと」と一笑に付されるだけであろう。

 しかし人は、自分がどこから来てどこへ去るのか、ずっと悩み、答えを探し続けてきた中で、死後の世界として共通の地図を描いてきた。それが仏教の極楽と地獄である。死んだらどこへ行くのか、あらかじめ知っておくことは、今を生きる上でとても大事なことだった。
 そこで盛んに描かれたのが地獄絵だ。いわば死後のガイドブック。絵だから、字が読めない子どもでも理解できる利点があり、私も幼い頃に見たことがあるが、怖くて夜眠れなくなるほど強烈だったことを思い出す。

 法要後など、話し上手な僧侶が詳しく案内してくれるのを”絵解き”といい、
「ね? だから善い行いをして、阿弥陀様が迎えてくれる光の世界に行きたいよね」
 と締めくくられたなら、一も二もなくうなずいて、いい子になろう、と誓ったことが懐かしい。素直な人々にとって、地獄図が人々の精神的な教化に果たした役割は小さくない。

 九世紀建立の古刹・長岳寺に伝わる極楽地獄図もそんな一つだが、九幅の絵軸で一枚の絵を成すというスケールの大きさはもちろん、コンテンツの豊富さや図柄の細やかさ、いきいきとした場面描写は群を抜くものがある。レプリカは常時拝観できるが、毎年十月下旬から十一月末には本堂にこの図が掛けられ、住職による絵解きが行われるから、現地に行って聞かない手はないだろう。

 何と言っても、ここのお寺の絵解きは説教臭いものではなく、いわば現代風絵解き。絵軸に描かれた凄惨なまでの図柄は決して来世や前世のことでなく、この現代の人間界を告発しているのだ、という視点が新しい。
 たしかに、戦争という殺戮は大灼熱の地獄だし、底なしの欲望から人も自分も傷つく餓鬼道は環境破壊にまで及んでいるし、熾烈な競争社会で相手を倒すまで争うのは修羅道だ。ご住職のユーモアあふれる語り口に引き込まれながらも、地獄とは現代だったのかと省みる貴重な時間になるのは間違いない。 

 謙虚になって本堂を出れば、一万坪の広大な境内は秋の草花をはじめ鮮やかな紅葉が映え、ああこの美しい現世で生きていきたいと願いが満ちる。やっぱりお寺は”じごくツアー”の発着地。反面で美しい世を見つける心の旅を、ここから始めることができるから。


【長岳寺大地獄絵開帳】
10月下旬~11月末日
(詳細はHPにてご確認を  https://www.chogakuji.or.jp/gyouzi/gyouzi.html)

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、日本の精神文化の統一の歴史を探る『にっぽん聖地巡拝の旅[あずま下り編]』(大法輪閣)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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