第19回 初冬
土の呼吸が聞こえる器と過ごす
~赤膚焼の窯元を訪ねて

 焼き物が好きで、二十代の頃、陶芸を習いに通ったこともある。弟子入りを許してもらえなかったのは無念だが、深入りしていたら物書きとしての今はなかったかもしれない。

 ある時、奈良のギャラリーショップで、ちょいと気になる小皿に出会った。乳白色の、ぽってりとした作りだが、蓮の花の意匠は、高貴な寺院の紋瓦らしい。
 赤膚(あかはだ)焼。奈良にそんな焼き物があるなんて。
 説明書によれば、窯は西ノ京にあり、発祥については諸説あるものの、五条山の別名である赤膚山のふもとに今も複数、窯元が点在するとか。西ノ京といえば、西大寺や唐招提寺、薬師寺などの大寺が連なるエリア。小皿の瓦紋はいずれかの大寺のものに違いない。これは、行ってみなくっちゃ。

 まずはホテルで、窯について尋ねてみた。当然ながらよくご存じで、正人(まさんど)窯を教えてもらう。当代は九代目の大塩正巳さんである。お会いしてお話を聞けば、焼き物についてのすべてがわかった。
 あの小皿は東大寺の瓦紋。もちろん他の大寺の瓦紋をデザインした皿もある。
「ああ、全部ほしいよ」物欲が暴走し始め、さあ困った。

 冷静になるため、もっと詳しくお話を聞く。
 この焼き物、寺院の建造が相次いだ奈良時代に始まったのかと思いきや、裏付けの史料はないらしい。明確なのはずっと後世、茶道が武将らによってたしなまれることになってからのこと。豊臣秀吉の弟秀長が郡山城主だった時代に陶工を呼び寄せ、茶道具を作らせたのが起源だそうだ。
 なるほど茶陶だけに、洗練されて品がいい。赤みのある、ほんわかとした素地に、愛らしい奈良絵文様がほどこされているのも特徴的だ。

 正人窯の敷地内には大きな登り窯があり、裏山の断層に堆積している赤い粘土や、うず高く積まれたアカマツの薪など、目を惹かれるものはいくらでもあり、その工程についても興味が尽きない。けれどやっぱり、私はギャラリーが気になる。たくさんの作品に囲まれて、そっとしておいてもらえるならばこの上ない。

 正巳さんの作品には、思わぬ深いメッセージがある。たとえば干支の焼き物でも、正反対に位置する向干支(むかいえと)の動物が隠されていたり、ペアの鹿の箸置きには裏に竹の子や桃が彫られていたり。これは安定や長寿の意が込められているのだなと読み解けば、「ナルホド!」と楽しくなって、器と向き合う時間が尽きなくなる。

 この日私は、欲しかったお皿ではなく小さな香合を買った。蓮の花にちょこんと座った蛙の蓋物で、題は「望(のぞみ)」。赤膚の素地に青い釉薬(ゆうやく)で彩色された体が濡れたように艶めいて、何より、宙を見据えて微笑む蛙の、超然としたアルカイック・スマイルに魅了されてしまった。
 気づけば背中に梵字が一文字。はて、刻まれたのは何のメッセージ? むろん蛙は答えないが、時に、とても饒舌に何かを語りかけてくることもある。
「忘れたことはもう一度訊け」、どうも私にそう言っているようで、近々、赤膚山をもう一度、訪ねることになりそうだ。

【赤膚焼 大塩正人窯へのアクセス】奈良市赤膚町1051-2(近鉄奈良駅から学園前駅南口下車 奈良交通バス3番のりばから「赤膚山」下車徒歩約3分/車の場合は駐車場あり) TEL:0742-45-4100 FAX:0742-46-9955 ※作品を購入できる展示室は9:00~17:00(予約不要)不定休。事前連絡により応相談。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、北前船の帆を革命的に改良し、江戸海運を一変させた男の堂々たる航跡を描いた『帆神(ほしん)-北前船を馳せた男・工楽松右衛門-』(新潮社)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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