第21回 初夏
今宵、ホテルのバーで、奈良を味わう

 ホテルステイの楽しみの一つは、バーのドアをくぐること。
 登大路ホテル奈良の「ザ・バー」に一歩足を踏み入れると、薄暗くて重厚で、高級そうなお酒のボトルがずらりと並んだ棚に、磨き上げられたグラスがきらめいて…。ちょっと緊張するのは、オーセンティック・バーとも呼ばれるとおり、そこにはお酒と人との「authentic=本物」の時間が流れているからだ。

 普段は、飲むなら居酒屋などで食事と一緒に、ということが多いのだが、お酒をじっくり味わうならば、やっぱりバーで。お酒はそんなに強くないから、泊まりの時こそ帰りを気にせず、一杯を楽しむ。仮に酔っても、這ってでも寝床にたどりつける強みがいい。

 まずは、よく海外のホテルにあるご当地カクテルがあるか、聞いてみた。そう、シンガポールではシンガポール・スリング、ベトナムならサイゴン・スリング、というような。
「いえ、特にそういうオリジナルはございませんので、お客様のお好みのままに」
 失礼しました。ちょっと知ったかぶりだったかも!? そこで思いつくままリクエスト。
「アルコール度数があまり高くなく、甘くなくてフルーツが入ってるもの――」
と、これはほとんどワガママに近い。なのに平然と、
「かしこまりました」

 シャカシャカ、小気味よいシェーカーの音。ひんやり冷たいグラスにオシャレな彩りで出てきたのは、いちごを使ったカクテルだった。さっきディナーのデザートに出たフレッシュないちご。奈良特産の「ことか」だそうだが、ラムがベースで甘さはおさえられてスッキリ。これぞまさしく奈良のご当地カクテルか。

 嬉しくなって、バーテンダー歴17年の川上敬介さんにしばしお話の相手をしてもらう。
 奈良には「バー文化」と言ってもいいくらい、お酒を飲むなら居酒屋ではなくバーへ行く人が多いそうだ。それには良質なバーが多くなければいけないが――。
 聞けば、世界的なコンテストで奈良から入賞者が出て、その後に優勝者も出たことで、高いレベルのバーが点在しているのだという。同じカクテルを作るレシピでも、人と技とで違ってくるのだから、学んで競って向上するのは自然なことなのだろう。
「それに、大阪などにくらべて人も少ないので、周りを気にせず隠れ家的存在として奈良のバー訪れる方も多いです」
 なるほどそんなメリットもあったのか。

 どうやら奈良の人たちには、決してバーの敷居は高くないようだ。
 いちごのカクテルでほどよくアルコールに馴染んだ後の二杯目は、いざウイスキーへ。今や品薄になるほどのブームだが、カウンターには、一度は試してみたいと思っていた名品もずらり。いつもはハイボールかオンザロックが好みだが、今夜はせっかくこんないい雰囲気のバーにいるのだから、ちょいと背伸びしてスコッチをストレートで。
 うーん、スモーキーな香り。深いなあ。
 ウイスキーの熟成について川上さんにお話を伺いながら、いつかほろ酔い。ここでは日頃の慌ただしさもストレスも、ゆるりと浄化されていく感じ。なのに夜はまだまだ長いから、チェイサーの冷たいお水をいただきながらゆっくりと。バーには大人の時間が流れている。


【ザ・バー(登大路ホテル奈良1階)】
17:00~25:00(L.O.24:30)
ザ・バー | 登大路ホテル奈良【公式サイト】 (https://noborioji.com/dining_bar/bar/)

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、北前船の帆を革命的に改良し、江戸海運を一変させた男の堂々たる航跡を描いた『帆神(ほしん)-北前船を馳せた男・工楽松右衛門-』(新潮社)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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