第22回 初秋
大仏さまに額ずけば
 ~東大寺・大仏殿~

「TDJでエレクトリカル・デモを見ながらカウントダウンして来まーす」
 昨年末の大晦日、奈良好きの次女がそう言って出かけて行った。
 若者のことだから、TDJは東京ディズニーランド、エレクトリカル何某というのは新手のイルミネーションで、それを見ながらカウントダウンで新年を迎えるのね、と、深く尋ねもしないで送り出した。

 ところが現地から送られてきた写メールを見て驚いた。次女の背後に、ぽっかり浮かび上がった仏さま。これ、奈良の大仏さまでは?
「そうよ。東大寺(To Dai Ji)だよ。大晦日には、ライトアップされて外からお顔が見られるの」
 よくよく見れば、大仏殿の正面の唐破風(からはふ)下の観相窓が開いて、くっきり、大仏さまのお顔が見える。これを拝しながら新年を迎えることができるというわけか。
 聞けば大仏殿内のみならず、廻廊や霊名所などそれまでの照明装置が全てLED化され、消費電力も少なく、熱や紫外線もほとんど出ないようになっているという。うーむ。すごい。

 私など修学旅行で初めてそのお姿を見て以来、歴史的建造物としてのリスペクトしかなかったが、今の時代、世界遺産も仏教文化も、こうして現代生活に溶け込んで息づいているわけだ。としたら、今さらその由来なんかを若い世代に説いたとしても煙たいだけかもしれない。わかっちゃいるが、どうしてもウンチクを垂れたくなるのが大人の性(さが)。

 この大仏さまはね、天平時代、政変や疫病が多発して落ち着かなかったことから、仏の力にすがって国の平安を維持しようと時の天皇聖武が詔を発して作られたんだよ。開眼供養は国際的な名僧をそろえ、そりゃもう豪華絢爛だったんだよ、なーんて、まるで見てきたように語っても誰も聞いちゃいねえ状態なのだけれど、今の時代は検索すれば簡単に基礎情報も手に入るから止まらない。

 その大きさ、座高約15mというからビルでいえば5階あたりの高さ。どうやって計ったのか重さ約250トンというデータもある。そんな大きなものを、クレーンやトラックのない時代、よくまあ作れたものだ。これまたデータによれば、この大工事には当時の人口の約半分、のべ260万人もの人々が働いたということらしい。そして気になる建造費も、現代のお金に換算すれば約4657億円になるのだとか。何にせよ、その壮大さは世界的にも誇れる規模で、ただ敬服するほかない。

 とはいえ創建以降、長い歴史の中で、地震や戦火で何度も壊れたり焼失したり、近代に入っても廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で放置されたりと、負の歴史があるのも事実。しかしそのつど困難を乗り越えて再建され、現在にまでお姿をとどめているのだから、復興不滅の仏さまと言えるだろう。
 そもそも世界が平和で全てのものが栄えることを願って造立された大仏さま。コロナが猛威を振るう時世でも、見上げる者の世代を問わず、時の流れの偉大さと宇宙の摂理を感じさせることは不変である。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、北前船の帆を革命的に改良し、江戸海運を一変させた男の堂々たる航跡を描いた『帆神(ほしん)-北前船を馳せた男・工楽松右衛門-』(新潮社)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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