第23回 初冬
聖徳太子が駆けた道
 ~明日香・橘寺~

 私は著書に天平時代を描いた小説もあるほどなので、古代にまつわるイベントにもよくお声がけいただく。中でも古代史のスーパースター聖徳太子となれば引きは多く、毎年のように各新聞社が開催する法隆寺フォーラムにも、何度か出講させていただいた。そのたび新しく学ぶことが多く、ますます古代にはまりこんでしまう。

 そして今年(2021年)は聖徳太子の没後千四百年。追悼の記念行事は各地で開催されており、私も王寺町で開催されたフォーラムに講師の一人として招いていただくことになった。
 こういう時はもちろんアクセスのいい奈良駅近くの登大路ホテル奈良に泊まり、フォーラムの前日に聖徳太子ゆかりの地を散策することにした。路線図を見ながら自分のルートをゆっくり考える。なにしろ太子ゆかりの場所は広範囲に及ぶのだ。
 
 まずは定番、明日香に足を延ばすことにする。ここは飛鳥時代に朝廷があった場所で、太子が生まれた地でもある。
 橘寺という、明日香らしい静かな寺が生誕地とされている。境内には二面石という飛鳥時代の石造物もあり、左右に彫られた善相と悪相が人の心にある二面性を表している、などと聞けばじっと見入ってしまう不思議な石。だが本堂や経堂などの建造物は古代をしのぶにはあまりにも端然として美しい。当然で、それらはずっと後世、江戸時代に入ってからの建造になる。だからむしろ目を閉じ、背後の山の木々のそよぎや吹きすぎる風に耳を澄ます方が、古代から変わらぬものを感じ取れるかもしれない。それほど明日香は今なお静かな平地だ。
 
 周囲には、川原寺跡や飛鳥寺跡、酒船石遺跡など、明日香が都であった時代の遺跡が点在しており、まだ発掘調査が続行中だが、ここが都であり、貴族たちが大勢住んだ地であることには間違いない。しかし、聖徳太子といえば法隆寺。世界遺産でもある壮麗なこの寺院を創建したのが太子である。だから法隆寺がある斑鳩こそが、太子の遺徳を想像させる場所だと認識されているのも事実だろう。
 
 しかし明日香と斑鳩は、想像以上に離れている。同じ奈良なのに車で約一時間もかかったのには驚いた。にもかかわらず、太子は斑鳩に住んで法隆寺はじめ私宅としての拠点を作り、政治が行われる明日香まで、黒い馬に乗って出勤していたという。そういえば橘寺には現代の建造とはいえ馬にまたがる太子の像もあった。「黒駒」とわざわざ特記するからには、今でいえばフェラーリだろうか。太子はその高級車で、いったいどの道を駆けたのだろう。

 実はその道が千四百年たった今も残っている。明日香と斑鳩を結んだ「筋違道(すじかいみち)」だ。聖徳太子が通ったことから「太子道(たいしみち)」とも呼ばれている。なるほど古代には渋滞なんてないから、通勤は可能かもしれない。
 こうなると想像は一気に広がる。なぜ太子は飛鳥宮がある飛鳥から、こんなに離れた斑鳩を選んで法隆寺を作ったのか。うーむ。フォーラムを聴いて学んでこよう。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、北前船の帆を革命的に改良し、江戸海運を一変させた男の堂々たる航跡を描いた『帆神(ほしん)-北前船を馳せた男・工楽松右衛門-』(新潮社)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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