第24回 初春
赤い花白い花 みほとけと咲く
~薬師寺花会式~

 大学生の頃、よく遊びに行った従姉の家にはわんぱくな長男がいて、めざましいほど身長が伸び、卒業後に訪ねて行ったら玄関にプロレスラーかというほど大きな靴が脱いであって、驚かされたことがある。従姉も、「最近、反抗期で親の言うこときかなくて、あの子を叱る時には踏み台がいるのよ」と嘆いていた。

 そんな彼が高校生になり、奈良の薬師寺へ修二会(しゅにえ)のお花作りのご奉仕に行くという。
「お花作り? あの図体のでかい子が?」
「そうなの。部活の先生に勧められて」
 彼が素直に出かけたというのにまた驚く。”青年衆”といって、修二会で仏さまを飾る和紙の花を一つ一つ手で作っていく作業のお手伝いをするという。靴も大きいが手もごつかったのを思い出したら、できるのかなとつい笑ってしまった。

 修二会は、奈良の大寺が国家の繁栄と五穀豊穣、万民豊楽などを祈る春の行事だ。2月に行われる東大寺が有名だが、薬師寺の場合は旧暦の2月末。つまり新暦では3月25日から末にかけて行われるため、青年たちには春休みをいかせるわけだ。東大寺では修二会が「お水取り」と呼ばれるようになったように、薬師寺でも、同じ法要が「花会式(はなえしき)」と呼ばれているが、それは、ご本尊の薬師如来を色とりどりの和紙の花で飾ることにちなんでいる。杜若、梅、菊、百合など、10種の造花が約1,600本も供えられるのだ。なんとも艶やかで、奈良に春を告げる法要と言われるのもうなずける。

「それがさー、法要は密教の作法にのっとり、法螺貝や太鼓、鐘が鳴り響く中、真剣を両手に持った咒師(じゅし)が堂内を疾走するんだよ? 刀で天地の悪を切り裂く作法なんだって」ふだん家庭で会話もなくなっていた青年が、よほど衝撃的だったのだろう、見てきたことを話しやめない。聞いているこちらも、お花作りの花会式と言うから優しいものを想像していたのに、法要が1日24時間、初夜、半夜、後夜、晨朝、日中、日没と、合計6回も行われ、練行衆という10人の僧侶が参籠し不休で読経を続けるという過酷さを聞いて驚いた。これを7日間やり続けた後、最終日の結願の夜に「鬼追式(おにおいしき)」が行われるのだ。
「鬼は松明を烈しく振って暴れまわるんだけど、薬師如来のお力を受けた毘沙門天に鎮められる、っていう儀式なんだ」
 煩悩の象徴である鬼が、薬師如来の信奉を怠った「薬師悔過(やくしけか)」の罪を反省し、よい生き方に改める、というストーリーが、見ていた彼にも理解できたらしい。夜の闇に飛び散る松明の火は圧巻であろう。

 この荒々しい法要を、お花で飾るようになったのは嘉承2(1107)年、堀河天皇が皇后の病気平癒を薬師如来に祈られて病気が回復したときのこと。その返礼に皇后が10種類の造花を作らせて本尊に供えたのが始まりという。互いを思い、生きて健やかであることを喜ぶ心の、なんと優しいことだろう。
「結願の日は唱えられる悔過も大音声で、そりゃ大導師の最後の祈りも諸仏に届くよ」
 理論でなく体で何かを感じ取ってきた青年の、弾んだ声。従姉と顔を見合わせ、大人も行ってこなくちゃね、と微笑みあった。


【薬師寺花会式】
毎年3月25日~31日

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、北前船の帆を革命的に改良し、江戸海運を一変させた男の堂々たる航跡を描いた『帆神(ほしん)-北前船を馳せた男・工楽松右衛門-』(新潮社)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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