登大路・往來記第8回

第8回 初春
花に尋ねる”美人になる方法”
長谷寺の牡丹のルーツ

長谷寺といえば、まず本堂までの長い登廊が目に浮かび、高校時代に習った古典のあれこれを思い出すだろう。なにしろ「隠国(こもりく)の初瀬」という枕詞まで有し、数多くの歌に詠まれて日本文学に数多く登場する古刹である。

ところが現代では花の寺として有名で、つい先日も、文学などにはいっさい興味を持たない友人が、牡丹の時期に合わせて催されたご本尊ご開帳に行ってきたと、得意の写真を見せてくれた。「これはズームで、一眼レフで…」と、技術的な説明はまったく耳に入らなかったが、花の色あざやかさには見入ってしまった。境内には色や形の異なる約百五十種が七千株もの牡丹が咲くというから、写真の腕はともかく、一日いても飽きないというのもうなずける。

「でもどうして長谷寺は牡丹の名所なの?」
訊いてみたが、当然彼が知るわけがない。牡丹といえば原種は中国だろうし、中国と縁が深かったのは遣唐使が行き来していた奈良時代だろうから、長谷寺ほど古いお寺ならその頃伝わったものだろうか、と推理は進む。

はたして寺の由来書によれば、ルーツは唐の皇帝の妃、馬頭夫人(めずぶにん)が寄進したものという。でもどうして中国の人が日本のお寺に? いやいや、疑うなかれ、かの源氏物語にも、
「仏の御なかには、初瀬なむ、日の本のうちには、あらたなる験現したまふと、唐土にだに聞こえあむなり」
とあるように、長谷寺のご本尊の観音様の霊験は、はるか唐にまで響いていたようである。事実、そのスーパーな霊験をもって、源氏物語ではゆくえ知れずになっていた玉鬘(たまかずら)というヒロインが、ずっと探していた人とバッタリ、この寺でめぐりあうのだ。そんなできすぎの再会ってある? と読者がツッコミたいところだが、いや長谷寺の観音さまならありうるだろうと黙らせたのが紫式部の手腕だ。

さて、唐で長谷寺のすごさを知ったお妃はどうしたか。”夫人”だから皇后の次のランクに位置するお妃なのに、彼女はその名のとおり顔の長い馬面で、容貌にあまり自信なかったようだ。後宮には美女数千人というから、皇帝の愛を勝ち取るには美貌が最大の武器。だから悩んで医師に相談するが、生まれつきの顔を薬で治すことはできないと断られる。そりゃそうだろう。代わりに仙人を紹介され、神仏に祈りなさいと教えられるのだ。修行を積んだ仙人は三千世界を知り尽くしており、祈るなら日本国においでになる長谷寺の観音様こそが位をきわめた菩薩だと薦めたわけだ。
馬頭夫人はこれに従い、道場を設けて日々祈った。そして満願の日、みごと美しく品のある顔だちに生まれ変わっていたのだった。夫人は喜び、宝物を入れた小舟を長谷寺に届けたが、そこに牡丹の種も入っていたという。

さあこの話、長谷寺の観音様は、「美人にして~」という望みをかなえてくださる、なーんて、イージーに解釈してはいけませんね。夫人は祈願と同時に修行に励み、いつか観音様のしもべとなって衆生に恵みを施しますと心からの誓いを立てたのだ。たゆまぬ知的向上心は内面を磨き、結果的に、気品と聡明さがそなわったわけ。美人とは決して表面の美だけにあらず、なのである。
そんなことを考えながら見る牡丹の花。千年前も今も変わらぬ女性の願いを、見た目だけじゃ駄目よ、といなすように咲き誇る。

登大路・往來記第8回

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。 2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、戦国時代の最後のヒロイン、千姫の人生を描いた『姫君の賦(ふ)―千姫流流(りゅうりゅう)―』(PHP研究所)。大阪芸術大学教授、関西大学客員教授。

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