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【綴る奈良vol.12】奈良町と中将姫

奈良市鳴川町にある徳融寺境内

奈良市鳴川町にある徳融寺境内

 

現在の奈良町で生まれ育った中将姫

 

蓮糸で一夜にして「當麻曼荼羅(たいままんだら)」を織り上げたといわれる中将姫(ちゅうじょうひめ)。その中将姫が生まれ育ったと伝わる場所が、現在の奈良町界隈にあるということをご存じでしょうか。

 

中将姫が生まれたのは、東大寺の大仏開眼より5年早い天平19(747)年。父は藤原不比等(ふじわらのふひと)の孫にあたり、聖武天皇のもとで右大臣を務めた藤原豊成(ふじわらのとよなり)です。何不自由なく育てられた中将姫でしたが、5歳で実母に死に別れ、14歳で継母に命を狙われ山奥に身を隠し、17歳で出家、29歳で二十五菩薩に迎えられて極楽浄土へ向かったと伝えられています。中将姫が織ったといわれる當麻寺の国宝「綴織(つづれおり)當麻曼荼羅」は今夏、修理を終えて奈良国立博物館で特別公開されています(末尾参照)。

 

豊成公の邸宅があったとされるのが、現在の奈良市鳴川町にある徳融寺(とくゆうじ)界隈です。しもみかど商店街からまっすぐ南下、奈良市立史料保存館を過ぎてさらに進み、ゆるやかな下り坂と上り坂の続く起伏のある場所です。近辺にはほかにも、中将姫が生まれたと伝わる誕生寺、出家を決心した場所といわれる安養寺(あんようじ)、一つ東の通りには、勉学に励んだといわれる高林寺(こうりんじ)が集まっています。西面は崖地になった高台にある豊成公の邸宅からは、二上山に沈む夕日が美しく見えたことでしょう。中将姫は夕日に来迎仏の姿を幻視し、直線で20キロ以上ある二上山のふもとの當麻寺へ徒歩でたどり着いて出家を果たしたといわれています。

 

中将姫が出家を決意した場所といわれる安養寺

中将姫が出家を決意した場所といわれる安養寺

 

安養寺から数十メートル南にある徳融寺の山門

安養寺から数十メートル南にある徳融寺の山門

 

徳融寺向かいにある誕生寺と、一区画東にある高林寺 ※普段はともに閉門(1)徳融寺向かいにある誕生寺と、一区画東にある高林寺 ※普段はともに閉門(2)

徳融寺向かいにある誕生寺と、一区画東にある高林寺 ※普段はともに閉門

 

浄瑠璃や歌舞伎の人気演目に

 

天平時代のお姫様の物語が仏教説話として繰り返し語られはじめたのは、12世紀の後半(鎌倉時代)以降のことと言われています。美しく聡明な姫が継子いじめを受け、山深い場所でかくまわれて暮らす。白雪姫など世界のおとぎ話と同じ構造に、仏教の因果を含めた物語は、人々のこころをつかんでゆきました。物語はやがて歴史が下るにつれ各種芸能の演目として愛され、劇的なストーリー展開や具体的な場所が加えられていったようです。

 

なかでも浄瑠璃や歌舞伎の見せ場のひとつ、中将姫が継母から折檻を受ける「雪責めの松」。この松の切り株は、1970年代まで徳融寺付近にあったといわれます。崖から突き落とされそうになった中将姫が宙に浮いたという「虚空塚」は、今も境内に現存しています。

 

かつて中将姫を演じる歌舞伎役者たちは、きまって徳融寺を訪れ、公演の成功を祈願したといいます。境内の観音堂裏には、鎌倉時代建立と伝わる豊成公と中将姫の供養塔があり、その横には施主名に人気歌舞伎役者の名が刻まれた立派な石柱が建っています。

 

徳融寺にある中将姫父娘の供養塔

徳融寺にある中将姫父娘の供養塔

 

「中将姫」という物語

 

奈良町のほかにも、ゆかりの地を多く持つ中将姫ですが、本当に実在した人物だったのかについては、はっきりしたことはわかっていません。しかし、幾多の試練を乗り越えて仏道に励んだ中将姫の物語は、「中将姫信仰」として人々の心に根付いていきました。

 

徳融寺寺宝「当麻曼荼羅」(一部)※普段は非公開

徳融寺寺宝「当麻曼荼羅」(一部)※普段は非公開

 

徳融寺に安置されている中将姫父娘の木像 ※普段は非公開

徳融寺に安置されている中将姫父娘の木像 ※普段は非公開

 

たとえば、中将姫伝説の残る寺々の近くにはかつて、江戸時代の人気浄瑠璃作家・井原西鶴の代表作「好色一代男」にも登場する「木辻遊郭」がありました。そこで働いていた女性たちにとって、つらい境遇にありながら極楽往生を遂げた中将姫自体が、希望の持てる信仰であったかもしれません。

 

中世以来くり返し語り継がれ、語り継がれることでますます存在感を増していった中将姫の物語。時代を経て愛されてきた一人の女性のおもかげをたどって、夕暮れどきの奈良の町を歩いてみてはいかがでしょうか。

 

徳融寺山門内

徳融寺山門内

 


 

登大路ホテル奈良からのアクセス

・安養寺、徳融寺、誕生寺のある鳴川町の通りへは、近鉄奈良駅前から南へアーケードの商店街「ひがしむき商店街」「もちいどの商店街」「しもみかど商店街」を抜けて南へ直進。徒歩約15分、1キロほど。途上の「奈良市立史料保存館」では、奈良町にまつわるさまざまな史料が展示されている。

 

徳融寺

中将姫父娘の供養塔や虚空塚などがある/奈良市鳴川町25 境内拝観自由(9時~17時)

https://narashikanko.or.jp/spot/temple/tokuyuji/

 

安養寺

中将姫が出家後開いたと伝わる/奈良市鳴川町29 本堂前までは拝観自由

 

誕生寺

中将姫「産湯の井戸」がある/奈良市三棟町 ※拝観は事前の確認が必要

https://narashikanko.or.jp/spot/temple/tanjoji/

 

高林寺

豊成公の墓と伝わる古墳と中将姫木像を安置/奈良市井上町 ※拝観は事前の確認が必要

https://narashikanko.or.jp/spot/temple/kourinji/

 

奈良市立史料保存館

https://narashikanko.or.jp/spot/museum/narashiritsu-shiryohozonkan/

 

糸のみほとけ―国宝 綴織当麻曼荼羅と繍仏

奈良国立博物館 2018年7月14日(土)~8月26日(日)まで

https://www.narahaku.go.jp/exhibition/2018toku/ito/ito_index.html

 

※2018年8月現在の情報です。

 

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