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【綴る奈良vol.13】古都奈良の文化財―世界遺産20年―

興福寺の東金堂(左)と五重塔(右)※ともに国宝

興福寺の東金堂(左)と五重塔(右)※ともに国宝

 

奈良時代の8つの資産群「古都奈良の文化財」

 

2018年は「古都奈良の文化財」が世界遺産に登録されて20年の節目の年に当たります。世界遺産とは、1972年にユネスコで採択された世界遺産条約に基づき、世界遺産リストに登録された「顕著で普遍的な価値」を持つ文化遺産と自然遺産のこと。「古都奈良の文化財」は、710年に開かれた平城京を語る上で欠くことの出来ない8つの資産群、「東大寺・興福寺・春日大社・春日山原始林・元興寺・薬師寺・唐招提寺・平城宮跡」からなる世界文化遺産として、1998年に登録されました。登大路ホテル奈良からは隣接する興福寺をはじめ、一番遠い薬師寺でも直線で5キロ以内に立地しています。 今回は、2018年にそれぞれ記念の年を迎える、元興寺、春日大社、興福寺を中心にご案内します。

 

創建1300年の元興寺

 

猿沢池の東端を南へ500メートルほど進むと、古い町並みの中に元興寺(がんごうじ)の東門を見つけることができます。718年に創建された元興寺は、現在「ならまち」とよばれるエリアの大部分を占める広大な寺地を持ち、金堂や講堂など立派な伽藍を配置した国家的寺院でした。しかし、都が平安京に遷ると、早々に往時の盛大さは影をひそめてしまいます。さらに15世紀に起きた一揆による火災で大部分が焼失、焼け残った創建当時の五重塔も、江戸時代後期の火災でついに焼失してしまいました。

 

現在の元興寺に残る国宝の本堂と禅室は、もともと奈良時代の学僧・智光(ちこう)の住んだ僧坊でした。智光の描いた曼荼羅は、元興寺が衰退した後も庶民に厚く信仰され、極楽往生を願った人々が納めたお経や卒塔婆は十万点にも及びます。本堂と禅室の屋根の一部分には、今も創建当時の瓦が残されています。1300年の歴史をくぐり抜けてきた屋根瓦は、一枚一枚に風合いがあって、見飽きることがありません。

 

元興寺の禅室(左)と本堂(右)※ともに国宝

元興寺の禅室(左)と本堂(右)※ともに国宝

 

毎年8月23、24日の地蔵会万灯供養 灯芯に注いだ菜種油の匂いが境内にひろがる 写真:Photographer MIKI

毎年8月23、24日の地蔵会万灯供養 灯芯に注いだ菜種油の匂いが境内にひろがる  写真:Photographer MIKI

 

創建1250年の春日大社と春日山原始林

 

元興寺の創建から50年後に、藤原氏の氏神として創建されたのが春日大社(かすがたいしゃ)です。三条通から東をよく見ると、なだらかな春日山の手前に、美しい円錐形の御蓋山(みかさやま)が浮かんで見えます。768年、白鹿に乗ってこの御蓋山に降臨したといわれる鹿島神宮の武甕槌命(たけみかづちのみこと)をはじめ、香取神宮や枚岡神社からあわせて4柱の神を迎えて祭神としたのが、春日大社のはじまりです。社殿は20年ごとの式年造替(しきねんぞうたい)で修繕・新調され、年間大小1000回にも及ぶ祭が執り行われています。最大の祭礼は、毎年12月に行われる「春日若宮おん祭」です。【綴る奈良vol.1】春日若宮おん祭

 

春日大社中門 国宝の本社本殿4棟はこの奥にある

春日大社中門 国宝の本社本殿4棟はこの奥にある

 

「古都奈良の文化財」が世界遺産に登録される際、春日山原始林が資産群に組み入れられたのは、奈良時代の信仰を知る上でこの聖なる山の存在が欠かせないからです。標高297メートルの御蓋山は、神官たちが特別な日に登る以外は禁足の神体山。標高498メートルの春日山は、841年から千年以上にわたり狩猟と伐採が禁止されてきました。1924年には「春日山原始林」として天然記念物に、1955年には国の特別天然記念物に指定。250ヘクタールもの原始林が市街地から徒歩圏内にも関わらず積極的に保全されてきたのは、この山が奈良の人たちにとって時代を超えて聖なる山であり続けたことをものがたります。現在では遊歩道も整備され、気軽に歩くことができるのもうれしいことです。

 

春日山原始林

春日山原始林

 

300年ぶりに中金堂を再建する興福寺

 

阿修羅像で有名な興福寺(こうふくじ)は、藤原氏の氏寺として平城遷都と同じ710年に創建されました。中世には大和国の守護職として強大な勢力を誇った興福寺ですが、度重なる罹災により多くの建造物を何度も焼失しています。国宝に指定されている4つの建造物のうち、北円堂と三重塔は1180年の兵火で伽藍を全焼し再建、東金堂と五重塔は焼失と再建をくり返して15世紀前半に建てられたものですが、いずれも奈良時代の形式を踏襲したつくりになっています。

 

現在の興福寺境内は、奈良公園との境があいまいなイメージがありますが、これは明治時代の「廃仏毀釈」によって伽藍を囲む築地塀などが取り壊された結果。旧境内は登大路の北側、現在の奈良県庁や県立美術館、県立文化会館周辺も含む広大なものでした。

 

中心的建造物である「中金堂(ちゅうこんどう)」は、創建以来、兵火や地震、火災などで6回の焼失と再建をくり返しましたが、1717年7回目の焼失時には資金不足で再建がかないませんでした。その中金堂の約300年ぶりの悲願の再建が現在進められています。2018年10月には、5日間にわたる盛大な落慶法要が予定されています。

 

2018年10月の落慶に向けて約300年ぶりの再建が進む興福寺中金堂

2018年10月の落慶に向けて約300年ぶりの再建が進む興福寺中金堂

 

西国三十三所観音霊場第九番札所でもある興福寺南円堂も4回再建されている

西国三十三所観音霊場第九番札所でもある興福寺南円堂も4回再建されている

 

710年から784年まで、74年という短い期間ながら国家の仕組みを整え、政治・経済・文化の中心地であった平城京。そして、奈良時代の香りを今なお伝えつつ、奈良の人々のくらしに溶け込んでいる社寺や自然。世界遺産登録20周年を機に、「古都奈良の文化財」をゆっくりと散策されてはいかがでしょうか。

 


 

登大路ホテル奈良からのアクセス

 

元興寺

奈良市中院町11 猿沢池の東端を道なりに南下、約1キロ。徒歩約12分

http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/01north_area/gangoji/

秋季特別展『大元興寺展』2018年9月13日~11月11日

特別公開『世界遺産元興寺 国宝禅室 屋根裏探検』2018年10月13日~11月11日 ※事前予約制

ほかにも元興寺文化財研究所主催の記念講演や歴史ウォークなどあり

http://www.gangoji.or.jp/

 

春日大社

奈良市春日野町160 ホテルから興福寺・奈良公園を南東へ横切り、三条通の東端の「一の鳥居」から参道を東へ。本殿まで約2キロ。徒歩約25分。

http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/01jinja/01north_area/kasugataisha/

御創建1250年奉祝行事 2018年9月15日~24日 ※21日の奉祝祭は招待者のみ参列

http://www.kasugataisha.or.jp/images/pdf/180713_1250event.pdf

 

興福寺

奈良市登大路町48 登大路ホテル奈良の東南に隣接

http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/01north_area/kofukuji/

中金堂落慶法要 2018年10月7日~10月11日 ※一般参拝は10月20日からの予定

 

※2018年8月現在の情報です。

 

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