歴史のなかにくらす 橿原市今井町

「大和の金は今井に七分」 近鉄八木西口駅を南西へ進み、飛鳥川に架かる朱塗りの蘇武橋(そぶばし)を渡ると、樹齢430年を超えるエノキの大木の奥に、漆喰壁と瓦屋根が美しい「今井町(いまいちょう)」の町並みが目に入ります。かつて「大和の金は今井に七分」(奈良の財産の七割は今井に集まっている)とうたわれた橿原(かしはら)市今井町のほぼすべては、伝統的建造物群保存地区のうち特に価値が高い「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。大和三山のひとつ畝傍山(うねびやま)に近い東西600メートル南北350メートルの旧環濠内には、今もおよそ500軒の町家が連なり、多くの人々がこの町で生活しています。日々のくらしと歴史的な景観が広域に共存している稀有な町、それが今井町です。

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歴史のなかにくらす 橿原市今井町

南市の初えびす 奈良町のお正月

~めずらしい一月五日の「初えびす」~ 三箇日の賑わいもさめやらぬ1月4日と5日に、奈良町の路地にある小さなお社「南市(みなみいち)恵毘須神社」では「初えびす」が行われます。商いの神様といわれる「えびす様」に招福や商売繁盛を祈り、笹の枝先に縁起物をつけて持ち帰る祭りは関西より西によく見られます。「十日戎」などと呼ばれるとおり、多くは1月10日を中心に行われるのですが、南市の初えびすは「五日戎」とも呼ばれ、一般的なお祭りより早い理由はなぜでしょうか。

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南市の初えびす 奈良町のお正月

雪丸と達磨大師 聖徳太子ゆかりの王寺町

~王寺町と聖徳太子~ 佐保川や飛鳥川など大和川水系の河川が合流し、大阪へと流れる県境に位置する王寺町。町の名前は、聖徳太子建立ともいわれる「片岡王寺」に由来するとされています。生駒山地の南端と金剛山地の北端が接する場所でもあり、古代から水陸ともに交通の要衝として重要な位置を占めてきました。近年では、大阪の天王寺駅まで約20分という利便性から、ベッドタウンとして人口を増やす一方、「雪丸(ゆきまる)」「達磨」をキーワードにした、聖徳太子ゆかりの里としての一面が注目を集めています。これらの縁起を伝えてきた中心地が、達磨大師と聖徳太子、千手観音菩薩の三尊を本尊とする、「片岡山 達磨寺(だるまじ)」です。

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雪丸と達磨大師 聖徳太子ゆかりの王寺町

穂先にいのちを託す 奈良筆 田中

~日本で独自の発展を遂げた奈良筆~ 弘法大師 空海が、唐から持ち帰ったとされる筆の製法。当時、仏教の研究に励む奈良の学僧たちにとって、筆は必需品でした。日本の筆づくりは、空海が奈良の坂名井清川(さかない・きよかわ)に、その作り方を伝授したことにはじまるといわれます。やがて、漢字をくずして丸みを帯びた「かな文字」が日本固有の文字として発生すると、しなやかで美しい文字を書くために、より繊細な筆が求められるようになりました。こうして、大陸の文化を取り入れる中にも独自の発展を遂げてきたのが、現在、伝統的工芸品に指定されている「奈良筆」です。

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穂先にいのちを託す 奈良筆 田中

奈良で世界の文化に触れる 天理参考館

~世界各国から収集した約30万点の資料を所蔵~ 奈良市の南に位置し、数多くの史跡が残る天理市。「天理大学附属 天理参考館」は、奈良盆地東縁を結ぶ古道「山の辺の道」と、現在の国道169号線にあたる古代の官道「上ツ道(かみつみち)」に挟まれた布留(ふる)川のほとりにあります。あたりは旧石器時代以降の遺物が数多く出土する「布留遺跡」の一部であると同時に、独特の建築様式が目を引く天理教の主要施設が建ち並ぶエリア。天理市という名前は、1954年の町村合併の折に宗教団体名を冠して付けられた全国で初めての市名だそうです。1930年に設立された天理参考館は、世界各国から収集した約30万点の資料を所蔵し、うち約3,000点を常時展示しており、県立の歴史博物館がない奈良で世界の生活文化と考古美術資料に触れることのできる貴重な博物館として広く一般に開かれています。

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奈良で世界の文化に触れる 天理参考館

ぬばたまの純正奈良漬 今西本店

~奈良漬の概念を変える唯一無二の味~ 奈良市内の目抜き通り三条通。多くの人たちが行き交うこの通りに、「奈良漬 元祖製造元」の看板を掲げる今西本店があります。今西家のルーツは古代にさかのぼるため創業は不詳ですが、この場所に出店を構えた江戸末期を開店として、現在5代目の今西泰宏氏が伝統の味を守っています。普段目にすることの多いあめ色の奈良漬とは一線を画す、黒くつややかな奈良漬には、「純正奈良漬」の名にふさわしい唯一無二の滋味が詰まっています。

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ぬばたまの純正奈良漬 今西本店

宇陀松山のまち並みと現代アート

~万葉集にも詠まれた薬猟の地~ 奈良盆地の東南、桜井市と三重県名張市の間に位置する宇陀市は、菟田野町、大宇陀町、榛原町、室生村の4つの町村が合併して2006年にできた、県内6位の面積を持つ自治体です。市域の西南を占める大宇陀地区は、近鉄榛原駅から宇陀川の流れを7キロほど南へ辿った場所にあり、又兵衛桜や大宇陀温泉あきののゆ、うだ・アニマルパークなど人気スポットの集中するエリアです。

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宇陀松山のまち並みと現代アート

転害会 手向山八幡宮御例大祭

~東大寺を守護する八幡神~ 東大寺の境内には大小さまざまな神社が散在し、今も大切に守られているのをご存じでしょうか。明治政府が出した神仏分離令以前の日本には、神社に付属した神宮寺、あるいは寺院をまもる鎮守神のように、ごく自然に神仏習合の信仰が根付いていました。「手向山(たむけやま)八幡宮」もまた、明治以降分離独立することとなりつつも、東大寺とともに歩んできた神社です。その由緒は今から1270年前の天平勝宝元年(749年)、聖武天皇が大仏造立にあたり、現在の大分県から宇佐八幡大神を迎えて東大寺の守護神としたのが始まりといわれ、日本における神仏習合の先駆けでもありました。

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転害会 手向山八幡宮御例大祭

京終界隈 奈良町の南の玄関

~物流の拠点だった京終駅~ 登大路ホテル奈良からほぼ真南へ2キロメートル足らず、JR桜井線(万葉まほろば線)の「京終(きょうばて)駅」が開業したのは、現在のJR奈良駅より1年早い1898年。当時は桜井と奈良を結ぶ終着駅でした。奈良町南端に接する一帯は古くから物流拠点としてにぎわい、1919年には東部山間の特産品や物資を運搬するロープウェイ「奈良安全索道」が竣工、その後都祁(つげ)まで延伸し、約17キロメートルを110本以上の鉄柱がつないでいたそうです。

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京終界隈 奈良町の南の玄関

しなやかな使い心地 奈良団扇 池田含香堂

~春日大社の禰宜団扇がルーツ~ 近鉄奈良駅から小西さくら通りを南に抜け、三条通りを西へ曲がってしばらく進むと、ショーウィンドウに涼し気な団扇や扇子が並ぶ、「池田含香堂(いけだがんこうどう)」の看板が目に入ります。色鮮やかな和紙にこまやかな透かし彫りが施された「奈良団扇(ならうちわ)」は、奈良県伝統的工芸品に指定されています。

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しなやかな使い心地 奈良団扇 池田含香堂

真夏の大松明 東坊城のホーランヤ

~巨大松明の豪快な火祭り~ 畝傍山の西へ2キロ足らずの場所に位置する橿原市東坊城(ひがしぼうじょう)町。室町時代から今に残る古い地名であるこの地で、毎年8月15日に行われる豪快な火祭りが、「東坊城のホーランヤ」です。奈良県無形民俗文化財に指定されているこの伝統行事には、圧倒的な大きさでありながら、丸みをもったフォルムにどこか愛らしさが感じられる大松明が登場します。

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真夏の大松明 東坊城のホーランヤ

會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

~奈良を「酷愛」した會津八一~ 奈良を愛した数多くの文化人の中で、自ら奈良を「酷愛」する(極端に愛する)と言ってはばからなかったのが會津八一(あいづ・やいち=1881~1956)です。美術史家であると同時に、「秋艸道人(しゅうそうどうじん)」の筆名で書家、歌人の顔を持つ八一は、奈良の歌を数多く詠みました。自筆の文字を刻んだ歌碑は、現在県下に20基ほど確認することができます。今回は登大路ホテル奈良から徒歩圏内にある、奈良公園周辺の會津八一歌碑5基をご紹介します。

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會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

佐紀 水辺の風景

~平城京の北に連なる水辺の風景~ 平城宮跡に復元された大極殿の北側一帯に、奈良にはめずらしい水辺の風景が広がります。東はJR大和路線(関西本線)と国道24号線、西はおおよそ近鉄京都線までの一帯を、古くから「佐紀(さき)」と呼び、その多くが「歴史的風土保存地域」に指定されています。『続日本紀』に「松林苑(しょうりんえん)」と記載された広大な奈良時代の離宮跡であると同時に、さらに古い時代の大型古墳や池が今も姿をとどめる歴史の道です。

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佐紀 水辺の風景

大和茶のゆたかな香り

~奈良とお茶~ 日本で最初にお茶をふるまったのは、天平元年(729年)に僧侶百人に「行茶(ぎょうちゃ)」を催した聖武天皇だといわれています。その約20年後、東大寺の大仏建立に関わった僧、行基による施茶の記録もあります。9世紀初め、弘法大師空海が唐から茶の種子と茶臼を持ち帰ったと伝わるのは、県東部に位置する宇陀の仏隆寺。12世紀末に喫茶を広めたといわれる栄西は、唐から茶を持ち帰ったあとに東大寺大仏再建の勧進職も務めるなど、奈良と多くのかかわりを持っています。さらに時代は下って15世紀後半、「わび茶」の創始者とされる村田珠光は現在の奈良市出身。その珠光が考案したといわれる「茶筌」は、国の伝統的工芸品として県北西部の生駒市高山地区でつくり続けられています。奈良とお茶とのかかわりなくして、日本のお茶の歴史は語れません。

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大和茶のゆたかな香り

名勝 依水園と寧楽美術館

~東大寺に隣接する手入れの行き届いた日本庭園~ 登大路ホテル奈良を出て東へ、県庁横に新しくできた奈良公園バスターミナルの北東角にある「登大路町」の信号を東へ渡ると、白壁が続く道の奥に、若草山が迫ってくるように見えてきます。一帯を水門町(すいもんちょう)と呼ぶのは、春日山原始林に源を発し、東大寺南大門の南をたどる「吉城川(よしきがわ)」の水量を調節する門があったことに由来するのだとか。万葉集にも詠まれたこの吉城川の美しい水を取り入れてつくられたのが、奈良随一の名園といわれ、古今さまざまな文人に愛されてきた日本庭園で国指定の名勝である「依水園(いすいえん)」です。

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名勝 依水園と寧楽美術館

奈良で知る、路地の楽しみ。

奈良の魅力のひとつ、それは町のほどよい大きさです。登大路ホテル奈良と興福寺の南に広がる「ならまち」と呼ばれる、およそ1キロメートル四方のエリアと、JR奈良駅周辺や近年人気の「きたまち」エリアを含めても、2キロメートル四方ほどの空間に多くのお店があつまり、奈良の人たちがくらしています。人通りの多い道からすこし脇へ入ると、あちらこちらに懐かしい雰囲気の路地があります。今回は、そんな路地で「奈良の時間」を堪能できる、すてきな3つのお店をご紹介します。

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奈良で知る、路地の楽しみ。

まんじゅうの神様 漢國神社と林神社

~近鉄奈良駅すぐの静かな神社~ 近鉄奈良駅を出て西へすぐ、東西を走る大宮通りと南北に伸びるやすらぎの道の交差点「高天(たかま)」を南に入ってほどなく、建物に挟まれるように「漢國(かんごう)神社」の朱塗りの鳥居が立っています。平城京遷都より100年以上さかのぼる推古天皇元年(593年)、勅命により園神(そのかみ)を、のち養老元年(717年)に藤原不比等によって韓神(からかみ)を祀った、奈良で一番古い神社です。

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まんじゅうの神様 漢國神社と林神社

行基さんと奈良

~待ち合わせの目印「行基さん前」~ 近鉄奈良駅の地下改札から、登大路ホテル奈良の方へ向かって東の階段を上ると、頂きに銅像の立つ噴水が目に入ります。赤膚焼の銅板を積み上げた円錐形の台座の上から、「ある方角」を見つめているのは、「菩薩」の称号を得た奈良時代の高僧、行基(ぎょうき)です。待ち合わせ場所として有名なこの場所を、奈良の人たちは親しみを込めて「行基さん前」と呼びます。

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行基さんと奈良

螺鈿のいろどり 奈良漆器 北村家の漆芸

~正倉院宝物と北村家~ 天平時代を中心とする美術工芸品の粋を集めた正倉院宝物。その修理や模造復元が本格的に始められたのは、今から約150年前の明治時代初期のことです。近代国家として美術工芸品の保護と制作の奨励をはかった明治政府は、奈良博覧会を開催。正倉院宝物も出陳され、大変な人気を博しました。この頃、修理や復元を通して「奈良漆器」の名前を世に広めたのが、春日大社や東大寺、興福寺の御用塗師を父に持つ吉田立斎(りっさい)です。立斎の弟で、母方の姓を継いだ北村久斎(きゅうさい)もまた、早くから漆芸の道に進み独立、その息子の大通(だいつう)は作家として工芸界にデビューするとともに、正倉院宝物をはじめ當麻曼荼羅厨子の修理など多くの業績を残しました。 連綿と続く漆芸一家に育ち、「螺鈿」の技術によって初めて重要無形文化財保持者、いわゆる「人間国宝」の認定を受けたのが、大通の息子である北村昭斎(しょうさい)氏です。

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螺鈿のいろどり 奈良漆器 北村家の漆芸

智恵を授かる 安倍文殊院のお会式

- 安倍氏一族の氏寺として645年に創建 - JRと近鉄が隣接する桜井駅の南口から伸びる並木通りを南下し、国道165号線を越えると、日本三文殊第一霊場として知られる「安倍文殊院」のある小高い丘が右手に見えてきます。南へ下れば飛鳥や多武峰、西へ進めば藤原京へとつながるこの地を本拠としていたのが、遣唐使として海を渡った阿倍仲麻呂や、陰陽師(おんみょうじ)として活躍した安倍晴明を輩出した安倍氏一族です。645年に文殊院にほど近い南西の平地に創建された安倍寺は、金堂や塔、回廊などを持つ立派な伽藍でしたが、兵火などにより廃絶し、今ではその一部が「国史跡 安倍寺跡」に指定され公園になっています。

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智恵を授かる 安倍文殊院のお会式

究極の筆記用品 奈良墨 松壽堂

~千年以上の時を経て残る墨~ 2018年秋の第70回正倉院展には、墨で描かれた風景がきわやかに残る「山水図」が出陳されました。千年以上の時を経て私たちを魅了する宝物、あるいは仏像や経典さらには木簡や書状など、墨はありとあらゆる歴史的産物に使われ、その年代や内容を私たちに伝えてくれます。現在、日本の墨の9割以上は奈良でつくられています。奈良町の一画にある「松壽堂(しょうじゅどう)」では、伝来の秘法に時代に応じた技術を取り入れながら、墨づくりが受け継がれています。

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究極の筆記用品 奈良墨 松壽堂

奈良の節分会

節分とは、もともと季節の移り変わるとき、つまり立春、立夏、立秋、立冬の前日のことを指しますが、とくに立春の前日、毎年2月3日頃に社寺や各家庭で行われる行事を「節分会」「追儺(ついな)」「鬼やらい」などと呼ぶようになりました。追儺は古く宮中で行われていた大晦日に悪鬼を追い払う行事で、近世以降、民間に広まって、鬼を追い、豆をまき、邪気を払うという流れが定着したようです。奈良県各地には独特の節分行事の伝わる場所が数多く残っています。

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奈良の節分会

宝山寺と参道をあるく

近鉄生駒駅から歩道橋を150メートルほど南西に進むと、2018年8月に開業100周年を迎えた生駒ケーブルの鳥居前駅があります。山上にある遊園地のキャラクターにちなんだ愛らしい車両が走るこのケーブルは、生駒山中腹にある宝山寺(ほうざんじ)への参拝客を運ぶために敷設された、日本初の営業用ケーブルです。「鳥居前」という駅名は、1982年まで駅の横にあった大鳥居に由来します。

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宝山寺と参道をあるく

日本清酒発祥の地 奈良

人類の歴史と文化の中で、重要な役割を担ってきたお酒。それぞれの国の主食を原料として、気候や風土に根差した独自のお酒が生み出されてきました。日本では遅くとも縄文時代中期に、果実だけでなくデンプンを原料としたお酒が造られていたのだとか。また、穀類や芋類などを口に入れ、よく噛んで発酵させる「口噛みの酒」は、神聖な飲み物として古代の神事で使われることがあったようです。

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日本清酒発祥の地 奈良

奈良の西国三十三所

奈良時代の718年、長谷寺の徳道上人(とくどうしょうにん)が夢のお告げによって草創したと伝わる日本最古の巡礼路(みち)「西国三十三所」。和歌山県の青岸渡寺を第1番、岐阜県の華厳寺を第33番として、近畿一円に33か所ある観音信仰の霊場のことです。2018年は、草創から1300年を迎える記念の年にあたり、特別拝観などの記念事業が各寺で行われています。

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奈良の西国三十三所

茶筌の里―生駒市高山

富雄川(とみおがわ)の最上流に位置し、山里の風情を今に残す生駒市高山(たかやま)町。大阪や京都に隣接する歴史あるこの地に連綿と受け継がれてきたのが、茶道に欠かすことのできない「茶筌(ちゃせん)」づくりです。茶道の創始者は、奈良生まれの村田珠光(じゅこう)。僧であり茶人であった珠光は、高山一帯を治めていた鷹山(たかやま)城主の次男・宗砌(そうせつ)の友人でした。

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茶筌の里―生駒市高山

古都奈良の文化財―世界遺産20年―

2018年は「古都奈良の文化財」が世界遺産に登録されて20年の節目の年に当たります。世界遺産とは、1972年にユネスコで採択された世界遺産条約に基づき、世界遺産リストに登録された「顕著で普遍的な価値」を持つ文化遺産と自然遺産のこと。「古都奈良の文化財」は、710年に開かれた平城京を語る上で欠くことの出来ない8つの資産群、「東大寺・興福寺・春日大社・春日山原始林・元興寺・薬師寺・唐招提寺・平城宮跡」からなる世界文化遺産として、

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古都奈良の文化財―世界遺産20年―

奈良町と中将姫

蓮糸で一夜にして「當麻曼荼羅(たいままんだら)」を織り上げたといわれる中将姫(ちゅうじょうひめ)。その中将姫が生まれ育ったと伝わる場所が、現在の奈良町界隈にあるということをご存じでしょうか。中将姫が生まれたのは、東大寺の大仏開眼より5年早い天平19(747)年。父は藤原不比等(ふじわらのふひと)の孫にあたり、聖武天皇のもとで右大臣を務めた藤原豊成(ふじわらのとよなり)です。

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奈良町と中将姫

夏の東大寺を楽しむ

奈良の夏の暑さは格別です。特に主要観光地の多い奈良市中心部は奈良盆地の北に位置し、盆地特有の湿気と高温に夏バテ気味の鹿たちを見かけることもしばしば。一方で奈良公園や春日原生林、寺院のおかげで緑の多い奈良の夏は、一年中で最も生命力あふれる季節でもあります。今回は広大な境内を夏でも楽しく巡ることのできる、朝と夕そして夜の東大寺をご案内します。

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夏の東大寺を楽しむ

金魚のいる城下町 大和郡山

奈良市の西南に位置する大和郡山市は、郡山城を中心に発展した城下町です。1580年に戦国大名・筒井順慶によって築かれた城は、豊臣秀吉の弟・秀長によって大きく拡張整備されました。1724年に入城した柳沢家の治世は6代約150年間続き、藩主の庇護のもと、赤膚焼や金魚の養殖など大和郡山を代表する文化的産業が育ちました。

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金魚のいる城下町 大和郡山

奈良の夏祭り―愛宕祭と立山祭―

近鉄大和八木駅の東南に位置する橿原市八木町。奈良盆地を南北に貫く下ツ道(しもつみち)と、東西をつなぐ日本最古の官道・横大路(よこおおじ)が交差し、古くから交通の要衝として知られた町です。お伊勢参りや吉野・大峯への巡礼など、多くの旅人が行き交い賑わった道を、俳聖・松尾芭蕉も歩きました。

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奈良の夏祭り―愛宕祭と立山祭―

奈良の刀匠 月山家

奈良盆地の東縁、「青垣山」と詠われて幾重にも連なる山々の麓に、奈良と三輪を結ぶ古道「山の辺の道」があります。桜井市にある大神(おおみわ)神社から、摂社・狭井(さい)神社の前を過ぎ、石畳になっている山の辺の道を数分歩くと、白壁に囲まれた「月山(がっさん)日本刀鍛錬道場・記念館」に到着します。手前には狭井川が流れ、土手には「三枝祭」に奉献されるささゆりが育てられている静かな場所です。

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奈良の刀匠 月山家

三枝祭(さいくさのまつり・ゆりまつり)

春日山を源流とする清らかな川の流れが、古く万葉集にも詠まれている率川(いさがわ)。現在は、大部分が地下水路となってしまいましたが、猿沢池の西南にある小さな石橋「嶋嘉橋(しまがばし)」周辺は、往時を思わせるたたずまいを残しています。さらに猿沢池から西、三条通の一筋南をゆるやかに蛇行する小径の地下には、今も率川がひっそりと流れており、南北にのびる商店街を横切りながら西へ400メートルほど道なりに進み、石柱が残る率川橋跡を抜けると、幹線道路「やすらぎの道」の西に面した神社の玉垣が目に入ります。

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三枝祭(さいくさのまつり・ゆりまつり)

薬師寺花会式

平城宮跡の西を南北に流れる秋篠川。川の流れに沿って遊歩道を南へ進むと、「西ノ京」と呼ばれる地域のおちついた景色の先に、三重塔が見え隠れしてきます。近鉄橿原線・西ノ京駅のすぐ東に位置する薬師寺は、白鳳文化の華やかな698年に飛鳥に創建され、710年の平城遷都に伴い現在地に壮大な伽藍を築いたといわれます。古い歴史を持つ薬師寺で、とりわけ大切にされてきた年中行事が、3月25日から7日間にわたって行われる「花会式(はなえしき)」です。

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薬師寺花会式

東大寺二月堂修二会(しゅにえ)/ お水取り

平城京の「東」にある「大寺」という意味を持つ「東大寺」は、仏法により国を護ろうと、8世紀半ばに創建された官立の寺院です。登大路を道なりに東へ進み、「大仏殿」の交差点を北に折れて国宝建造物「南大門」をくぐると、前方にそびえ立つ大仏殿を中心にして、広大な敷地に数多くの伽藍が点在しています。

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東大寺二月堂修二会(しゅにえ)/ お水取り

春日若宮おん祭

12月17日午前零時。すべての灯りが消された浄らかな闇の中、「若宮様(わかみやさま)」の1年に1度、24時間の旅がはじまります。春日大社本殿南東にある若宮社から一の鳥居東にある「御旅所(おたびしょ)」まで、若宮を遷す「遷幸(せんこう)の儀」は、撮影はもちろん、懐中電灯を点すことさえ禁じられた神秘の行事。

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春日若宮おん祭