宇陀松山のまち並みと現代アート

~万葉集にも詠まれた薬猟の地~ 奈良盆地の東南、桜井市と三重県名張市の間に位置する宇陀市は、菟田野町、大宇陀町、榛原町、室生村の4つの町村が合併して2006年にできた、県内6位の面積を持つ自治体です。市域の西南を占める大宇陀地区は、近鉄榛原駅から宇陀川の流れを7キロほど南へ辿った場所にあり、又兵衛桜や大宇陀温泉あきののゆ、うだ・アニマルパークなど人気スポットの集中するエリアです。

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宇陀松山のまち並みと現代アート

京終界隈 奈良町の南の玄関

~物流の拠点だった京終駅~ 登大路ホテル奈良からほぼ真南へ2キロメートル足らず、JR桜井線(万葉まほろば線)の「京終(きょうばて)駅」が開業したのは、現在のJR奈良駅より1年早い1898年。当時は桜井と奈良を結ぶ終着駅でした。奈良町南端に接する一帯は古くから物流拠点としてにぎわい、1919年には東部山間の特産品や物資を運搬するロープウェイ「奈良安全索道」が竣工、その後都祁(つげ)まで延伸し、約17キロメートルを110本以上の鉄柱がつないでいたそうです。

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京終界隈 奈良町の南の玄関

真夏の大松明 東坊城のホーランヤ

~巨大松明の豪快な火祭り~ 畝傍山の西へ2キロ足らずの場所に位置する橿原市東坊城(ひがしぼうじょう)町。室町時代から今に残る古い地名であるこの地で、毎年8月15日に行われる豪快な火祭りが、「東坊城のホーランヤ」です。奈良県無形民俗文化財に指定されているこの伝統行事には、圧倒的な大きさでありながら、丸みをもったフォルムにどこか愛らしさが感じられる大松明が登場します。

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真夏の大松明 東坊城のホーランヤ

會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

~奈良を「酷愛」した會津八一~ 奈良を愛した数多くの文化人の中で、自ら奈良を「酷愛」する(極端に愛する)と言ってはばからなかったのが會津八一(あいづ・やいち=1881~1956)です。美術史家であると同時に、「秋艸道人(しゅうそうどうじん)」の筆名で書家、歌人の顔を持つ八一は、奈良の歌を数多く詠みました。自筆の文字を刻んだ歌碑は、現在県下に20基ほど確認することができます。今回は登大路ホテル奈良から徒歩圏内にある、奈良公園周辺の會津八一歌碑5基をご紹介します。

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會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

佐紀 水辺の風景

~平城京の北に連なる水辺の風景~ 平城宮跡に復元された大極殿の北側一帯に、奈良にはめずらしい水辺の風景が広がります。東はJR大和路線(関西本線)と国道24号線、西はおおよそ近鉄京都線までの一帯を、古くから「佐紀(さき)」と呼び、その多くが「歴史的風土保存地域」に指定されています。『続日本紀』に「松林苑(しょうりんえん)」と記載された広大な奈良時代の離宮跡であると同時に、さらに古い時代の大型古墳や池が今も姿をとどめる歴史の道です。

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佐紀 水辺の風景

大和茶のゆたかな香り

~奈良とお茶~ 日本で最初にお茶をふるまったのは、天平元年(729年)に僧侶百人に「行茶(ぎょうちゃ)」を催した聖武天皇だといわれています。その約20年後、東大寺の大仏建立に関わった僧、行基による施茶の記録もあります。9世紀初め、弘法大師空海が唐から茶の種子と茶臼を持ち帰ったと伝わるのは、県東部に位置する宇陀の仏隆寺。12世紀末に喫茶を広めたといわれる栄西は、唐から茶を持ち帰ったあとに東大寺大仏再建の勧進職も務めるなど、奈良と多くのかかわりを持っています。さらに時代は下って15世紀後半、「わび茶」の創始者とされる村田珠光は現在の奈良市出身。その珠光が考案したといわれる「茶筌」は、国の伝統的工芸品として県北西部の生駒市高山地区でつくり続けられています。奈良とお茶とのかかわりなくして、日本のお茶の歴史は語れません。

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大和茶のゆたかな香り

名勝 依水園と寧楽美術館

~東大寺に隣接する手入れの行き届いた日本庭園~ 登大路ホテル奈良を出て東へ、県庁横に新しくできた奈良公園バスターミナルの北東角にある「登大路町」の信号を東へ渡ると、白壁が続く道の奥に、若草山が迫ってくるように見えてきます。一帯を水門町(すいもんちょう)と呼ぶのは、春日山原始林に源を発し、東大寺南大門の南をたどる「吉城川(よしきがわ)」の水量を調節する門があったことに由来するのだとか。万葉集にも詠まれたこの吉城川の美しい水を取り入れてつくられたのが、奈良随一の名園といわれ、古今さまざまな文人に愛されてきた日本庭園で国指定の名勝である「依水園(いすいえん)」です。

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名勝 依水園と寧楽美術館

奈良で知る、路地の楽しみ。

奈良の魅力のひとつ、それは町のほどよい大きさです。登大路ホテル奈良と興福寺の南に広がる「ならまち」と呼ばれる、およそ1キロメートル四方のエリアと、JR奈良駅周辺や近年人気の「きたまち」エリアを含めても、2キロメートル四方ほどの空間に多くのお店があつまり、奈良の人たちがくらしています。人通りの多い道からすこし脇へ入ると、あちらこちらに懐かしい雰囲気の路地があります。今回は、そんな路地で「奈良の時間」を堪能できる、すてきな3つのお店をご紹介します。

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奈良で知る、路地の楽しみ。

まんじゅうの神様 漢國神社と林神社

~近鉄奈良駅すぐの静かな神社~ 近鉄奈良駅を出て西へすぐ、東西を走る大宮通りと南北に伸びるやすらぎの道の交差点「高天(たかま)」を南に入ってほどなく、建物に挟まれるように「漢國(かんごう)神社」の朱塗りの鳥居が立っています。平城京遷都より100年以上さかのぼる推古天皇元年(593年)、勅命により園神(そのかみ)を、のち養老元年(717年)に藤原不比等によって韓神(からかみ)を祀った、奈良で一番古い神社です。

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まんじゅうの神様 漢國神社と林神社

行基さんと奈良

~待ち合わせの目印「行基さん前」~ 近鉄奈良駅の地下改札から、登大路ホテル奈良の方へ向かって東の階段を上ると、頂きに銅像の立つ噴水が目に入ります。赤膚焼の銅板を積み上げた円錐形の台座の上から、「ある方角」を見つめているのは、「菩薩」の称号を得た奈良時代の高僧、行基(ぎょうき)です。待ち合わせ場所として有名なこの場所を、奈良の人たちは親しみを込めて「行基さん前」と呼びます。

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行基さんと奈良

智恵を授かる 安倍文殊院のお会式

- 安倍氏一族の氏寺として645年に創建 - JRと近鉄が隣接する桜井駅の南口から伸びる並木通りを南下し、国道165号線を越えると、日本三文殊第一霊場として知られる「安倍文殊院」のある小高い丘が右手に見えてきます。南へ下れば飛鳥や多武峰、西へ進めば藤原京へとつながるこの地を本拠としていたのが、遣唐使として海を渡った阿倍仲麻呂や、陰陽師(おんみょうじ)として活躍した安倍晴明を輩出した安倍氏一族です。645年に文殊院にほど近い南西の平地に創建された安倍寺は、金堂や塔、回廊などを持つ立派な伽藍でしたが、兵火などにより廃絶し、今ではその一部が「国史跡 安倍寺跡」に指定され公園になっています。

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智恵を授かる 安倍文殊院のお会式

究極の筆記用品 奈良墨 松壽堂

~千年以上の時を経て残る墨~ 2018年秋の第70回正倉院展には、墨で描かれた風景がきわやかに残る「山水図」が出陳されました。千年以上の時を経て私たちを魅了する宝物、あるいは仏像や経典さらには木簡や書状など、墨はありとあらゆる歴史的産物に使われ、その年代や内容を私たちに伝えてくれます。現在、日本の墨の9割以上は奈良でつくられています。奈良町の一画にある「松壽堂(しょうじゅどう)」では、伝来の秘法に時代に応じた技術を取り入れながら、墨づくりが受け継がれています。

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究極の筆記用品 奈良墨 松壽堂

奈良の節分会

節分とは、もともと季節の移り変わるとき、つまり立春、立夏、立秋、立冬の前日のことを指しますが、とくに立春の前日、毎年2月3日頃に社寺や各家庭で行われる行事を「節分会」「追儺(ついな)」「鬼やらい」などと呼ぶようになりました。追儺は古く宮中で行われていた大晦日に悪鬼を追い払う行事で、近世以降、民間に広まって、鬼を追い、豆をまき、邪気を払うという流れが定着したようです。奈良県各地には独特の節分行事の伝わる場所が数多く残っています。

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奈良の節分会

宝山寺と参道をあるく

近鉄生駒駅から歩道橋を150メートルほど南西に進むと、2018年8月に開業100周年を迎えた生駒ケーブルの鳥居前駅があります。山上にある遊園地のキャラクターにちなんだ愛らしい車両が走るこのケーブルは、生駒山中腹にある宝山寺(ほうざんじ)への参拝客を運ぶために敷設された、日本初の営業用ケーブルです。「鳥居前」という駅名は、1982年まで駅の横にあった大鳥居に由来します。

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宝山寺と参道をあるく

日本清酒発祥の地 奈良

人類の歴史と文化の中で、重要な役割を担ってきたお酒。それぞれの国の主食を原料として、気候や風土に根差した独自のお酒が生み出されてきました。日本では遅くとも縄文時代中期に、果実だけでなくデンプンを原料としたお酒が造られていたのだとか。また、穀類や芋類などを口に入れ、よく噛んで発酵させる「口噛みの酒」は、神聖な飲み物として古代の神事で使われることがあったようです。

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日本清酒発祥の地 奈良

奈良の西国三十三所

奈良時代の718年、長谷寺の徳道上人(とくどうしょうにん)が夢のお告げによって草創したと伝わる日本最古の巡礼路(みち)「西国三十三所」。和歌山県の青岸渡寺を第1番、岐阜県の華厳寺を第33番として、近畿一円に33か所ある観音信仰の霊場のことです。2018年は、草創から1300年を迎える記念の年にあたり、特別拝観などの記念事業が各寺で行われています。

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奈良の西国三十三所

古都奈良の文化財―世界遺産20年―

2018年は「古都奈良の文化財」が世界遺産に登録されて20年の節目の年に当たります。世界遺産とは、1972年にユネスコで採択された世界遺産条約に基づき、世界遺産リストに登録された「顕著で普遍的な価値」を持つ文化遺産と自然遺産のこと。「古都奈良の文化財」は、710年に開かれた平城京を語る上で欠くことの出来ない8つの資産群、「東大寺・興福寺・春日大社・春日山原始林・元興寺・薬師寺・唐招提寺・平城宮跡」からなる世界文化遺産として、

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古都奈良の文化財―世界遺産20年―

奈良町と中将姫

蓮糸で一夜にして「當麻曼荼羅(たいままんだら)」を織り上げたといわれる中将姫(ちゅうじょうひめ)。その中将姫が生まれ育ったと伝わる場所が、現在の奈良町界隈にあるということをご存じでしょうか。中将姫が生まれたのは、東大寺の大仏開眼より5年早い天平19(747)年。父は藤原不比等(ふじわらのふひと)の孫にあたり、聖武天皇のもとで右大臣を務めた藤原豊成(ふじわらのとよなり)です。

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奈良町と中将姫

金魚のいる城下町 大和郡山

奈良市の西南に位置する大和郡山市は、郡山城を中心に発展した城下町です。1580年に戦国大名・筒井順慶によって築かれた城は、豊臣秀吉の弟・秀長によって大きく拡張整備されました。1724年に入城した柳沢家の治世は6代約150年間続き、藩主の庇護のもと、赤膚焼や金魚の養殖など大和郡山を代表する文化的産業が育ちました。

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金魚のいる城下町 大和郡山

奈良の夏祭り―愛宕祭と立山祭―

近鉄大和八木駅の東南に位置する橿原市八木町。奈良盆地を南北に貫く下ツ道(しもつみち)と、東西をつなぐ日本最古の官道・横大路(よこおおじ)が交差し、古くから交通の要衝として知られた町です。お伊勢参りや吉野・大峯への巡礼など、多くの旅人が行き交い賑わった道を、俳聖・松尾芭蕉も歩きました。

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奈良の夏祭り―愛宕祭と立山祭―

薬師寺花会式

平城宮跡の西を南北に流れる秋篠川。川の流れに沿って遊歩道を南へ進むと、「西ノ京」と呼ばれる地域のおちついた景色の先に、三重塔が見え隠れしてきます。近鉄橿原線・西ノ京駅のすぐ東に位置する薬師寺は、白鳳文化の華やかな698年に飛鳥に創建され、710年の平城遷都に伴い現在地に壮大な伽藍を築いたといわれます。古い歴史を持つ薬師寺で、とりわけ大切にされてきた年中行事が、3月25日から7日間にわたって行われる「花会式(はなえしき)」です。

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薬師寺花会式