万葉の恋歌

春の初瀬川

万葉の恋歌

万葉集の魅力のひとつは、さまざまな興味に応えてくれる豊かな歌が集められていることですが、とりわけ現代人の心にダイレクトに響くのが、「相聞(そうもん)」と呼ばれる歌群です。相聞とは本来、互いの消息を確かめ合う歌全般を指しましたが、多くは男女のやりとりであることから、恋の歌の代名詞となっています。今回は、恋に「孤悲」という漢字を多く当てた万葉人の、人を恋う気持ちをたどります。

額田王

万葉集の恋歌の名手としてまず思い浮かぶのは、額田王(ぬかたのおおきみ)という方も多いかもしれません。最初、大海人皇子(おおあまのおうじ、のちの天武天皇)と結婚し十市皇女(とおちのひめみこ)を生んだ額田王は、その後、大海人皇子の兄である天智天皇と結婚することになります。

  あかねさす 紫野行き標野(しめの)行き
  野守は見ずや 君が袖振る (巻1・20 額田王)
  (茜色に染まる薬草園を行き、この狩猟地を行く間に
   野の番人である天智天皇は見ないでしょうか。あなたが袖を振っているのを)

  むらさきの にほへる妹(いも)を 憎くあらば
  人妻ゆゑに われ恋ひめやも (巻1・21 大海人皇子)
  (薬園の紫草のように匂い立つあなたを憎いと思うなら
   人妻と知っているのにどうして恋焦がれるでしょうか)

額田王をめぐる兄弟の恋の争いを彷彿させるこの二首は、天智天皇7(668)年春に行われた天皇主催による狩猟の後宴で披露されたものです。大海人皇子の歌の結句は「恋焦がれるでしょうか(いいえ、焦がれはしませんよ)」という反語になっていると取れ、また万葉集はこの歌を巻一の「雑歌(ぞうか=公式行事などで詠まれた歌)」に分類しています。とはいえ、元夫婦によって演出された恋の歌は、宴席の人々を大いに楽しませたことでしょう。

但馬皇女と穂積皇子

一方、ままならぬ恋を詠んだ恋人たちの歌も多く残されています。

初瀬街道沿いにある但馬皇女の歌碑

初瀬街道沿いにある但馬皇女の歌碑

但馬皇女(たじまのひめみこ)と穂積皇子(ほづみのみこ)は、お互いに天武天皇の子で異母兄妹の間柄でしたが、恋に落ちます。当時異母兄妹の婚姻は許されていましたが、但馬皇女は穂積皇子より年上の異母兄である高市皇子(たけちのみこ)と結婚していたのです。万葉集には「但馬皇女が高市皇子の宮に住んでいた時、ひそかに穂積皇子に逢い、それが露見して作った歌」という意味の説明とともに、次の歌が残されています。

  人言(ひとごと)を繁(しげ)み言痛(こちた)み
  己(おの)が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る (巻2・116 但馬皇女)
  (人のうわさがひどくうるさいので、
   私は、生まれてまだ渡ったことのない朝の川を渡ります)

「朝川を渡る」というのは、実際に朝の川を渡る意味とも、恋の川を渡る比喩ともいわれますが、いずれにしても男性が女性のもとへ通う「妻問婚」が一般的だった時代に、但馬皇女のこの恋に生きる決意が強く伝わってくる一首です。

狭野弟上娘子と中臣宅守

女性の恋の気持ちの強さといえば、万葉集はおろか、1300年以上詠み続けられてきた和歌史上でも一番強いのではないかと思われるのが、狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)の歌です。彼女の歌は、夫となった中臣宅守(なかとみのやかもり)の歌とともに、巻十五に計63首も収められていますが、中臣宅守が何らかの理由で罪に問われ、遠い地に流されるときに詠んだ歌が次の一首です。

  君が行く 道の長手(ながて)を 繰り畳(たた)ね
  焼きほろぼさむ 天(あめ)の火もがも (巻15・3724 狭野弟上娘子)
  (あなたが連れて行かれる長い道を、手繰り寄せ、折り畳んで、
   焼き滅ぼしてしまえる天の火がほしいのです)

流刑になった人の多くは、数年で恩赦されて都に戻ってきました。その発表があったときの歌もまた、感情の起伏に富んだ狭野弟上娘子の性格をよく表しています。

  帰りける 人来(きた)れりと 言ひしかば
  ほとほと死にき 君かと思ひて (巻15・3772 狭野弟上娘子)
  (赦されて都に帰って来た人がいるとみんなが言うので、
   あんまりうれしくて死んでしまうところでした。あなたと思って…)

しかし、実際に中臣宅守が都に戻ってきたのは、この歌の数年後でした。63首もの歌があるにもかかわらず、その後二人がどうなったのかは分かりません。但馬皇女にせよ、恋人たちの歌は女性たちの有無を言わさぬ情熱に、今も異彩を放っています。

大伴坂上郎女

万葉集の女性歌人の中で、84首と突出して多くの歌を残しているのが、大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)です。坂上郎女が最初に結婚したのは、かつて但馬皇女と恋愛関係にあった穂積皇子でした。穂積皇子には寵愛されたものの、早くに死別。その後恋人になった藤原不比等の四男 藤原麻呂も疫病によって亡くなります。最後に異母兄の大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)の妻となり、娘二人を生みましたが、宿奈麻呂とも若くで死別したようです。大伴旅人の異母妹であり、旅人の息子で甥の大伴家持に娘の大嬢(おおいらつめ)を嫁がせた「大伴氏の家刀自(いえとじ=一家の女主人)」的な坂上郎女ですが、数々の恋愛を経て、印象的な相聞歌を残しています。

  恋ひ恋ひて 逢へる時だに
  美しき 言尽くしてよ 長くと思はば (巻4・661 大伴坂上郎女)
  (恋焦がれ恋焦がれて、やっとお逢いしているときだけでも
   美しい言葉をもっともっと言ってください。末永くと思っているのなら)

最後に、拗ねた様子が微笑ましいようでいて、畳みかけるような言葉遊びの巧みさに、男性がたじたじになったかもしれない歌をご紹介します。

  来(こ)むといふも 来(こ)ぬ時あるを
   来(こ)じといふを 来むとは待たじ 来じといふものを (巻4・527 大伴坂上郎女)
   (来ると言っていても来ない時があるあなたですもの
    来ないと言っているんだから、来ると思って待ったりしません。
    だって、来ないって言うんですから…)

坂上郎女には佐保川の歌も多い

坂上郎女には佐保川の歌も多い

主な参考資料

『新潮日本古典集成 万葉集』1~5 新潮社 1976~1984
『万葉集 全訳注原文付』1~5 中西進 講談社文庫 1978~1985
『万葉びとの憧憬』桜井満 桜楓社 1956
『万葉の恋歌』堀内民一 創元社 1971
『萬葉のいのち』伊藤博 はなわ新書 1983
『研究資料日本古典文学 ⑤万葉・歌謡』明治書院 1985
『万葉集歌人集成』中西進/辰巳正明/日吉盛幸 講談社 1990
『万葉集を知る事典』桜井満監修 東京堂出版 2000
『日本の古典をよむ④ 万葉集』小学館、2008

登大路ホテル奈良からのアクセス

奈良県立万葉文化館

Webサイト

http://www.manyo.jp/

住所

高市郡明日香村飛鳥10

アクセス

近鉄橿原神宮駅東口を下車、明日香周遊バス:赤かめで「万葉文化館西口」下車すぐ

情報

開館時間 10:00~17:30(入館は17:00まで)
休館日 月曜日(月曜日が祭日の場合は翌平日)、年末年始、展示替日
入館無料(日本画展示室の展覧会は有料)
駐車場あり(無料、普通自動車107台)

※2021年02月現在の情報です。

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