會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

猿沢池に面した「五十二段」下にある會津八一の歌碑

會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

奈良を「酷愛」した會津八一

奈良を愛した数多くの文化人の中で、自ら奈良を「酷愛」する(極端に愛する)と言ってはばからなかったのが會津八一(あいづ・やいち=1881~1956)です。美術史家であると同時に、「秋艸道人(しゅうそうどうじん)」の筆名で書家、歌人の顔を持つ八一は、奈良の歌を数多く詠みました。自筆の文字を刻んだ歌碑は、現在県下に20基ほど確認することができます。今回は登大路ホテル奈良から徒歩圏内にある、奈良公園周辺の會津八一歌碑5基をご紹介します。

今から約140年前の新潟市に生まれた會津八一。早くから万葉集にも親しみ、俳句に打ち込む青年でしたが、進学した早稲田大学では英文学を専攻。教えを受けたのは、日本文学にも造詣が深くギリシャ美術にも詳しい、ギリシャ生まれの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)でした。卒業後は英語教師のかたわら、ギリシャや日本、特に奈良の仏教美術に対する情熱はやみがたく、一方で書道に没頭する日々が続きます。

『南京新唱』全歌を含む『自註鹿鳴集』は、奈良の寺社や文化についてのガイドブックとしても秀逸。

『南京新唱』全歌を含む『自註鹿鳴集』は、奈良の寺社や文化についてのガイドブックとしても秀逸。

八一が初めて奈良を訪れたのは1908年、27歳の夏でした。仏教美術研究の旅とも、失恋を癒す傷心旅行だったともいわれています。初の奈良来訪から16年後にまとめた処女歌集『南京新唱(なんきょうしんしょう)』の「自序」には、「奈良の風光と美術とを酷愛して何度もこの地を徘徊し、ついに骨をここに埋めようとさえ思った」という意味の文章が記されています。「南京(なんきょう)」とは「北京(ほっきょう)」つまり「京都」に対する「南都」のこと。万葉調でありながら情熱を秘めた歌いぶりと、すべて平仮名表記の独特の作風の歌集で、当時無名だった八一は注目を集めます。一英語教師であった八一が、歌人として、さらには美術史家として大成するきっかけが、奈良との出会いであったことは間違いありません。

1952年刊行の『自註 鹿鳴集(じちゅう・ろくめいしゅう)』には、自作の歌の註釈に加え、詠み込まれた社寺、仏像についての美術的解説、奈良の歴史、地理、文学的背景のほか、索引もつけられています。研究者としての透徹した眼差しと、芸術家としての独創的な感性、2つの観点で古都奈良の仏像や風景を詠んだ八一の歌は、奈良の旅をより味わい深いものにしてくれる上質のガイドブックです。

春日大社神苑 萬葉植物園

1943年に春日野園地に建てられ、後年萬葉植物園内に移された八一の歌碑

1943年に春日野園地に建てられ、後年萬葉植物園内に移された八一の歌碑

   かすがのに おしてるつきの ほがらかに あきのゆふべと なりにけるかも
  (春日野の隅々にまで月の光が照りわたっている。すばらしい秋の夕暮れとなったものだ)

現在、「春日大社神苑 萬葉植物園」正門にほど近い場所に据えられた黒御影石の小ぶりな歌碑は、『南京新唱』第1首目の歌を刻み、八一自らが建てた思い入れのあるものです。日本初の萬葉植物園として1932年に開かれた約9,000坪の園内には、万葉集の時代から親しまれてきた約300種の草木花が育てられ、春日大社のシンボルである藤をはじめ、四季折々に可憐な花を咲かせて楽しませてくれます。

「藤の園」で有名な萬葉植物園には、約300種の万葉植物が植えられている。

「藤の園」で有名な萬葉植物園には、約300種の万葉植物が植えられている。

萬葉植物園内にある浮舞台では、春と秋に雅楽が奉納される。

萬葉植物園内にある浮舞台では、春と秋に雅楽が奉納される。

新薬師寺

1942年、最初に建てられた新薬師寺の歌碑

1942年、最初に建てられた新薬師寺の歌碑

   ちかづきて あふぎみれども みほとけの みそなはすとも あらぬさびしさ
  (近づいて仰いでみても、壇上の香薬師さまの視線の先に私はいない。さびしいことだが)

歌集の第18首目からは、高畑界隈、新薬師寺の歌が続きます。歌碑に詠まれたのは22番目の歌で、「みほとけ」は、飛鳥時代に作られた高さ73センチメートルの薬師如来「香薬師(こうやくし)」を指します。香薬師はその後盗難に遭い、現在も行方不明となったままです。本堂にはレプリカが安置され、八一の仰ぎ見たまなざしを追体験することができます。

天平建築の美しい国宝 新薬師寺本堂。八一歌碑は本堂正面左手にある。

天平建築の美しい国宝 新薬師寺本堂。八一歌碑は本堂正面左手にある。

新薬師寺は、747年に聖武天皇の病気平癒を祈願して、光明皇后が創建したと伝わる古刹。当初は現在よりはるかに広大な敷地に、伽藍や塔が建ち並ぶ大寺でした。現在の本堂は奈良時代に建てられたもので、度重なる災害にただ一つ残った国宝のお堂です。大きな眼が印象的な本尊の薬師如来坐像や、本尊を護衛する十二神将立像(うち1躯は補作)も奈良時代から平安時代につくられたもので、いずれも国宝に指定されています。

猿沢池

猿沢池を望む歌碑は1999年建立と比較的新しいもの。

猿沢池を望む歌碑は1999年建立と比較的新しいもの。

   わぎもこが きぬかけやなぎ みまくほり いけをめぐりぬ かささしながら
  (伝説となった采女の衣掛柳がみたくて、傘を差しながら池を巡ったことだ)

猿沢池のほとりに1999年に建てられたのが、歌集第11番目の歌です。帝の寵愛を失って身投げした采女(うねめ)を「吾妹子(わぎもこ)」と呼び、悲しい伝説に惹かれた八一が、雨も気にせず池を巡る様子が目に浮かぶようです。「みまくほり(見まく欲り)」は、萬葉集によく出てくる古語。毎年中秋の名月には、入水した采女を偲び、みやびな管弦船が繰り出す「采女祭(うねめまつり)」が行われます。

東大寺大仏殿前

東大寺大仏殿手前の勧学院脇にある1950年建立の歌碑

東大寺大仏殿手前の勧学院脇にある1950年建立の歌碑

   おほらかに もろてのゆびを ひらかせて おほきほとけは あまたらしたり
  (ゆったりと両手の指を開かれた大仏さまは、宇宙に満ち満ちて、宇宙そのもののようだ)

東大寺盧舎那仏坐像

東大寺盧舎那仏坐像

歌集30首目、「東大寺にて」の一連冒頭の歌。大仏殿手前の木立の中に立つ歌碑は、大仏さまにふさわしく、八一の歌碑の中で最も大きいものでありながら、どこかひっそりとした佇まいで観光客を見守っています。大仏さまといえば、胸の高さまで挙げられた右手に注目してしまいがちですが、「もろてのゆび」と詠まれたことで、やさしく導くように開かれた左手の曲線に意識が向かいます。

興福寺本坊前

興福寺本坊前にある歌碑は2007年建立

興福寺本坊前にある歌碑は2007年建立

  はるきぬと いまかもろびと ゆきかへり ほとけのにはに はなさくらしも
 (春が来たと大勢の人たちが行き来している。興福寺の庭に、桜の花が咲いているらしい)

最後に、興福寺五重塔と東金堂の間を東へ進んだ本坊前の柵の中に、新しい八一の歌碑があります。八一が見ていた頃の興福寺境内には、今よりも桜の木が多かったようです。「花咲くらしも」の「らしも」も、万葉集に頻出する用語です。花見客の賑わいを見ながら、八一の脳裏には天平から明治の廃仏毀釈まで堂宇に満ち満ちて栄えた、興福寺の景色が浮かんでいたのかもしれません。

八一の歌を足掛かりに、ひと昔前の奈良、さらには天平時代の「南京(なんきょう)」に思いをはせた散策をしてみてはいかがでしょうか。

登大路ホテル奈良からのアクセス

春日大社神苑 萬葉植物園

Webサイト

http://www.kasugataisha.or.jp/h_s_tearoom/manyou-s/

住所

奈良市春日野町160 電話0742-22-7788

アクセス

・登大路ホテルから東南に徒歩約20分(約1.5キロメートル)
・近鉄奈良駅から奈良交通バスで「春日大社表参道」または「春日大社本殿前」下車すぐ

情報

拝観時間 3~11月は9:00~17:00、12~2月は9:00~16:30
但し、入園は共に30分前まで 
1・2・12月の月曜休園(祝日の場合は翌日休園)

新薬師寺

Webサイト

http://www.shinyakushiji.or.jp/

住所

奈良市高畑町1352 電話0742-22-3736

アクセス

・登大路ホテル奈良から南東へ徒歩約30分(約2.1キロメートル)
・近鉄奈良駅から市内循環バスで「破石町」下車、東へ徒歩約10分(約800メートル)。

情報

・拝観時間9:00~17:00
・2019年6月~9月にかけて計8回早朝の特別拝観「奈良うまし夏めぐり」がある
http://www.nara-umashi.com/summer/lineup/shinyakushiji.html 

東大寺

Webサイト

http://www.todaiji.or.jp/

住所

奈良市雑司町406-1 電話0742-22-5511

アクセス

・登大路ホテル奈良から北東へ徒歩約16分(1.2キロメートル)
・歌碑の場所は南大門から大仏殿に進む参道の左脇、勧学院の東横

興福寺

Webサイト

http://www.kohfukuji.com/

住所

奈良市登大路町48 電話0742-22-7755(本坊事務所)

アクセス

・登大路ホテル奈良の東隣り
・歌碑の場所は本坊の南向かい、徒歩約7分(約500メートル)

※2019年06月現在の情報です。

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