しなやかな使い心地 奈良団扇 池田含香堂

しなやかさと美しさを兼ね備えた実用品「奈良団扇」

しなやかな使い心地 奈良団扇 池田含香堂

春日大社の禰宜団扇がルーツ

近鉄奈良駅から小西さくら通りを南に抜け、三条通りを西へ曲がってしばらく進むと、ショーウィンドウに涼し気な団扇や扇子が並ぶ、「池田含香堂(いけだがんこうどう)」の看板が目に入ります。色鮮やかな和紙にこまやかな透かし彫りが施された「奈良団扇(ならうちわ)」は、奈良県伝統的工芸品に指定されています。

三条通りに面して店を構える池田含香堂は創業約170年

三条通りに面して店を構える池田含香堂は創業約170年

奈良団扇は奈良時代、春日大社の禰宜(神職)が軍扇の形にならって作ったのが始まりと伝わり、江戸前期の俳諧集『洛陽集』には、「三笠山 藤は散りけり 禰宜うちは」の句が残っています。当初は柿渋を塗った和紙を使ったシンプルなものが、やがて装飾性を帯びて発展し、その後、奈良団扇の歴史は一時期途絶えます。庶民が団扇を手にするようになったのは、さらに時代が下った江戸末期のこと。ほどなく、かつて作られていたという透かし彫り団扇を復興したのが、池田含香堂2代目の池田栄三郎氏でした。戦前には奈良団扇のお店は7~8軒ありましたが、今では池田含香堂ただ1軒が、この技術を受け継いでいます。

奈良団扇のルーツ「ねぎうちわ(禰宜団扇)」の句と鹿を切り抜いた団扇

奈良団扇のルーツ「ねぎうちわ(禰宜団扇)」の句と鹿を切り抜いた団扇

実用性と美しさを両立する手間と技

「奈良団扇は、実用性が高いものが装飾性を帯びてきたもので、むしろ使ってもらわないともったいないんです」というのは、池田含香堂6代目の池田匡志(ただし)さんです。19世紀初めのガイドブック『五機内産物図会』にも、「しなやかに かろきは奈良の 団扇かな」と、使いやすさと軽さがうたわれている奈良団扇。しなやかさの秘密は、普通の団扇の2~3倍にもなる骨の数だと匡志さんはいいます。

池田含香堂6代目、池田匡志氏

池田含香堂6代目、池田匡志氏

池田含香堂では現在、骨や柄に使う竹、奈良団扇のためだけに漉いてもらう伊予紙など、素材の調達以外の13工程すべてを家内で行います。一般的な団扇の骨の数は30本ほどですが、奈良団扇の骨はなんと60~90本。竹を青い皮の面と白い身の面に割る「小割(こわり)」という作業を行ったあと、骨を均等にするため糸で8の字に編んで、ピンと広がった形を保ちます。1本の骨が細くなればなるほど、その分しなりが強くなり、少しの力で大きな風が生まれます。

奈良扇子の骨は、通常の2~3倍の60~90本にもなる

奈良扇子の骨は、通常の2~3倍の60~90本にもなる

和紙にはまず、松ヤニやミョウバン、ニカワなどを配合したドーサ液(コーティング剤)を塗り、1年寝かせてから色染めをします。丸い刷毛を使って刷毛目が出ないように1枚ずつ何度も塗り重ね、乾燥させたあと色を定着させるために、さらに1年以上寝かせるという念の入れようです。色の基本は、白色・茶色・水色・黄色・赤色の五色。大豆の絞り汁など天然の染料をベースにしています。

刷毛目が見えないよう、1枚ずつ丁寧に何度も染める

刷毛目が見えないよう、1枚ずつ丁寧に何度も染める

色を定着させるため、染めた和紙を使うのは翌年以降

色を定着させるため、染めた和紙を使うのは翌年以降

2年以上置いた和紙に、いよいよ奈良団扇の特徴である透かし彫りを施します。染めた和紙を団扇10本分にあたる20枚ごとに束ね、一番上の和紙に墨で型を写しとります。使う刃物は芯以外自作。自分の癖を見抜きながら少しずつ納得のいく刃物をつくりあげるまでには、10年ほどの歳月が必要とのこと。普通のカッターと違い、ミシンのように点と点をつなぐような「突き彫り」という特殊な技法で彫っていきます。少しでも刃物が斜めに入ってしまうと、裏表に和紙を貼り合わせたときに模様がずれてしまいます。20枚重ねるのは、作業効率のためと、一番良い切れ味を出すため。台にしているのは朴の木、使うのはやわらかい内側の黒い部分のみです。切れ味を保ちつつ、刃物が欠けを防ぐためです。

前傾で体重をかけていくようにしてリズミカルに彫る

前傾で体重をかけていくようにしてリズミカルに彫る

刃物は点と点をつなぐように垂直に「突き彫り」する

刃物は点と点をつなぐように垂直に「突き彫り」する

のり付けの糊も、米粉に少しずつ水を混ぜて炊き、紙が伸びてしまわないよう水分の少ない固い糊を自作します。板で叩くように骨に糊を付着させ、骨組みの先端を均一に保ちながら素早く貼り合わせます。少しでもずれると、紙の裏の白地部分が見えてしまう繊細な作業です。

和紙が伸びないように水分を少なくした自家製の糊

和紙が伸びないように水分を少なくした自家製の糊

素早く叩くように骨にのり付けし、和紙を裏表ぴったりと貼る

素早く叩くように骨にのり付けし、和紙を裏表ぴったりと貼る

のり付けが終わり数日乾燥させたあとは、竹板を2枚合わせた道具で骨と紙の隙間を埋める「念はぎ」という作業を裏表1本ずつ施します。さらに、骨と柄の接合部分の和紙の切れ目を隠すため、別の和紙「手元」を貼る作業、不要な骨をカットする「裁断」、裁断部分に「ヘリ紙」を貼って、ようやく奈良団扇は完成します。

竹板を2枚合わせ、骨と紙の隙間を埋める「念はぎ」

竹板を2枚合わせ、骨と紙の隙間を埋める「念はぎ」

切り口を美しく保護するため、持ち柄に「手元」と呼ばれる和紙を貼る

切り口を美しく保護するため、持ち柄に「手元」と呼ばれる和紙を貼る

まわりを半分ずつ「ふち取り」で叩き切り、数ミリの「へり紙」をまわりに貼って出来上がり

まわりを半分ずつ「ふち取り」で叩き切り、数ミリの「へり紙」をまわりに貼って出来上がり

若き6代目が受け継ぐ伝統技

実用性と美しさの両立は難しいものです。実用的なものは簡素なものが多く、きれいなものは壊れやすいものが多いからです。

「両立は可能ですが、労力がかかります。時間とお金がかかるので、敬遠されがちなんです。わたしたちの場合は、1から10まで手作りだからこそ作り込むことができる。両立ができるんです」という匡志さんは、力強くこう続けます。「竹にあうもの、和紙にあうもの、かたち、大きさ、しなり方を見極めながら、1本ずつ違う団扇をつくるので、奈良団扇は30~40年持つような団扇になります。壊れたらいけないとタンスに仕舞っておくともったいないので、どんどん使ってほしいですね。最近、50年以上前の団扇を持ってきてくださったお客さまがおられました。さすがに色は薄れていましたが、団扇としてちゃんと使えましたよ」

工房は店のすぐ奥にあるので、直接お客さまの声に耳を傾け、ときには作り手としての一歩踏み込んだ説明ができることにも喜びを感じるという匡志さんは1990年生まれ。5代目だったお父さまを幼いころに亡くされ、現在伝統工芸士のお母さまやご家族と、古くから奈良に伝わる伝統工芸を継承されています。

繁忙期を終え、次のシーズンの準備に入る前の毎年秋から年末にかけて、商品とは別に、伝統を守りつつも変化を取り入れた新作をつくるという匡志さんとお母さま。一番細かいものになると、透かし彫りだけで3週間かかるという奈良団扇は、効率化が求められる時代に逆行するような、一つ一つ驚くほど細やかな作業によって生み出されます。そのしなやかさと美しさが、本当のゆたかさとは何かを、私たちに問いかけているようです。

「青海波に千鳥」や「飛天」などの透かし彫りはまさに工芸品

「青海波に千鳥」や「飛天」などの透かし彫りはまさに工芸品

奈良団扇の切り抜き技法を使った「奈良扇子」、裏を絹張りにして軽くしている

奈良団扇の切り抜き技法を使った「奈良扇子」、裏を絹張りにして軽くしている

登大路ホテル奈良からのアクセス

池田含香堂

Webサイト

http://narauchiwa.com/ikeda.htm

住所

奈良市角振町16 電話0742-22-3690 FAX 0742-22-7122

アクセス

近鉄奈良駅前の小西さくら通りを南下して三条通りを西へ70メートルほど(約6分)

情報

・開店時間 9:00~19:00(4~8月は無休、9~3月は月曜休)
・奈良団扇作り体験は(約2時間)は1週間前までに予約(7月の繁忙期は休み)

※2019年07月現在の情報です。

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