転害会 手向山八幡宮御例大祭

東大寺の国宝「転害門」で10月5日に行われる「転害会」

転害会 手向山八幡宮御例大祭

東大寺を守護する八幡神

東大寺の境内には大小さまざまな神社が散在し、今も大切に守られているのをご存じでしょうか。明治政府が出した神仏分離令以前の日本には、神社に付属した神宮寺、あるいは寺院をまもる鎮守神のように、ごく自然に神仏習合の信仰が根付いていました。「手向山(たむけやま)八幡宮」もまた、明治以降分離独立することとなりつつも、東大寺とともに歩んできた神社です。その由緒は今から1270年前の天平勝宝元年(749年)、聖武天皇が大仏造立にあたり、現在の大分県から宇佐八幡大神を迎えて東大寺の守護神としたのが始まりといわれ、日本における神仏習合の先駆けでもありました。

大仏殿中門の東にある手向山八幡宮の鳥居

大仏殿中門の東にある手向山八幡宮の鳥居

大仏殿の中門の東側にある「手向山神社」の立派な石柱と赤い鳥居をくぐり、かつての東塔跡を南に見ながら上り坂の参道を進むと、若草山を背景に風格のある楼門が見えてきます。階段を上って楼門を抜けると、拝殿や本殿、若宮神社や神楽所などが木々に包まれるように南北に建てられ、新緑の季節、紅葉の季節、それぞれにしっとりとした景色を生み出しています。境内には正倉院と同じ校倉(あぜくら)造の宝庫をはじめ、国、県、市あわせて20件近い指定文化財があり、菅原道真の有名な和歌、「このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」の碑を添えた「菅公腰掛の石」が祀られています。

若草山を背景にした高台に建つ手向山八幡宮の楼門

若草山を背景にした高台に建つ手向山八幡宮の楼門

木々に囲まれた手向山八幡宮の本殿

木々に囲まれた手向山八幡宮の本殿

八幡神の使い「鳩」をデザインした絵馬

八幡神の使い「鳩」をデザインした絵馬

転害会(てがいえ)

この手向山八幡宮で毎年10月5日に行われるのが、例大祭の「転害会(てがいえ)」です。この不思議な名前は、この祭礼が東大寺境内の北西にある国宝「転害門(てがいもん)」を御旅所とすることに由来しています。転害門については後ほどご紹介しますが、九州からはるばる来られた宇佐八幡大神は、平城宮の真東にあたるこの門から東大寺に入られ、守護神になったといわれています。

現在の転害会本宮祭は毎年10月5日に行われます。前日の4日には宵宮祭と奉納舞、さらに前々日の3日にコンサートなども行われています。5日は、午前9時頃から八幡宮での祭典が行われ、正午に転害門へ移り、祭礼のあとは門前の芝生で華やかな舞楽が披露されます。

例大祭は10月5日午前9時頃からまず手向山八幡宮で行われる

例大祭は10月5日午前9時頃からまず手向山八幡宮で行われる

信号やバス停といった日常風景の中に突如現れる奈良時代の国宝「転害門」

信号やバス停といった日常風景の中に突如現れる奈良時代の国宝「転害門」

転害門を御旅所として神輿が運ばれる

転害門を御旅所として神輿が運ばれる

東大寺の僧が玉串を捧げるなど神仏習合の名残りが見られる

東大寺の僧が玉串を捧げるなど神仏習合の名残りが見られる

荘厳な舞楽を間近で堪能できる絶好の機会(雨天時は手向山八幡宮にて)

荘厳な舞楽を間近で堪能できる絶好の機会(雨天時は手向山八幡宮にて)

天皇の勅使が派遣される「勅祭」の歴史を持つ転害会。現在は、騎馬騎兵を伴い相撲なども行われた往時の規模ではありませんが、悠久の時を経て受け継がれてきた舞楽を、同じ目の高さで間近に堪能できる贅沢は格別です。豪華絢爛な装束をまとった舞人と、その動きに見入る観客のすぐ後ろには、京街道が南北に走っています。路線バスや歩行者が行き交う日常風景のすぐそばで、天平時代に端を発する祭礼が当たり前のように行われるというのも、奈良ならではの風景といえるかもしれません。
2019年の転害会には、約60年の時を経て新調された「御鳳輦(ごほうれん)」のお渡りが行われる予定です。

この日は転害会に併せ、東大寺勧進所にて秘仏特別開扉も行われます。手向山八幡宮の御神体であった快慶による国宝「僧形八幡神坐像」のほか、大仏殿や八幡宮の再建を果たした「公慶上人坐像」、気の遠くなるほど長時間瞑想したために髪がこんもり伸びたお姿になったといわれる「五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀如来」を拝観する年に一度の機会です(10時頃~16時、有料)。

転害門

天平時代の数少ない遺構「転害門」。ほぼ真東に正倉院がある

天平時代の数少ない遺構「転害門」。ほぼ真東に正倉院がある

転害会が行われる転害門は、かつての一条大路が京街道と交わる場所に西面して立つ、国宝の八脚(やつあし)門で、東大寺創建以来唯一残った大門です。立派な注連縄は4年に一度、地元の人たちの手で掛け替えられています。お寺の門に注連縄というのも、神仏習合がいかに人々のくらしに馴染んでいたかを物語ります。

注連縄は数年ごとに地元の人たちを中心に掛け替えられる

注連縄は数年ごとに地元の人たちを中心に掛け替えられる

名前の由来は、この門の近くに「碾磑(てんがい)」という挽き臼があったから、害を転ずるなど諸説ありますが確定してはいません。転害門から平城宮へ伸びる一条大路は、佐保路とも呼ばれていたことから「佐保路門」とも、また、源頼朝を討とうとした平景清がこの門の天井に潜んでいたという伝説から「景清門」とも呼ばれることもあります。当て字もさまざまで、手招きを表す「手掻門」のほか、転害門に隣接する町の名前には「手貝町」の字が当てられています。

普段は通り抜けできない転害門を通り抜けられるチャンスは、5月3日の聖武天皇祭、山陵祭です。朝、大仏殿を出発した東大寺の僧侶一行が転害門を通り、聖武天皇と光明皇后の眠る佐保山御陵へ参拝。法要が終わって大仏殿までの帰路を随行すれば、続いて門を通り抜けることができます。

転害門の北隣には、1940年に建てられた旧南都銀行手貝支店を改装した「奈良市きたまち転害門観光案内所」があります。近年人気の「きたまち」観光に役立つ資料が置かれていて便利なだけでなく、町家と銀行が融合した近代和風建築も要チェックです。

登大路ホテル奈良からのアクセス

手向山八幡宮

Webサイト

http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/01jinja/01north_area/tamukeyamahachimangu/

住所

奈良市雑司町434 電話0742-23-4404

アクセス

・近鉄奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車、北へ徒歩約15分
・ホテルから徒歩で東大寺大仏殿中門前を通り東へ約25分(約1.7キロメートル)

東大寺 転害門

Webサイト

http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/01north_area/todaijitegaimon/

住所

奈良市雑司町406-1 電話0742-22-5511

アクセス

・近鉄奈良駅より奈良交通バス「青山住宅」行きで「手貝町」下車すぐ
・ホテルから北東へ徒歩約15分(1.2キロメートル)

奈良市きたまち転害門観光案内所

住所

奈良市手貝町54-1 電話0742-24-1940

アクセス

・近鉄奈良駅より奈良交通バス「青山住宅」行きで「手貝町」下車すぐ
・ホテルから北東へ徒歩約15分(1.2キロメートル)

情報

開所時間 10:00~16:00(毎週木曜と12月27日~1月5日休み)

※2019年08月現在の情報です。

記事一覧へ