奈良のきな粉雑煮

奈良のきな粉雑煮

奈良のきな粉雑煮

奈良の名物「きな粉雑煮」

お正月のおせち料理はお取り寄せで楽しむという風潮がみられる中でも、お雑煮はご自宅で用意される方が多いのではないでしょうか。地域やご家庭によって千種万様のお雑煮は、商品にするのは難しいのかもしれません。奈良県内のお雑煮もそれぞれに特色があります。なかでも驚かれるのが、お砂糖をたっぷり混ぜたきな粉に雑煮餅をつけて食べる、「きな粉雑煮」です。

丸餅に味噌仕立て

お正月に食べる雑煮とは、そもそもどのような食べ物をさすのでしょうか。多くの雑煮には餅が入っているという特徴があり、そのかたちと汁の仕立て方法によっておおよその傾向がわかります。古いのは鏡餅にも通じる丸餅で、主に近畿以西で使われています。民俗学者の柳田國男(1875~1962)は、丸餅は心臓のかたちであり、人間に力を与える特別な食べ物だと考えました。お正月というハレの日に餅を食べるのはこのためで、雑煮は本来、神に供えたものを人間が頂く「直会(なおらい)」の食だったのではないかというのです。その証拠に九州地方では雑煮のことを「ナオライ」と呼ぶところが多く、「オゾウニ」という呼び方はそれより遅い中世に始まったのだろうというのが柳田の説です。

汁は味噌仕立てとすまし汁に分類されます。醤油より早く広まった味噌文化を受け継いでいるのは、主に近畿一円です。つまり奈良は「丸餅に味噌」が基本形の、どちらも古いタイプ。もちろん例外もあり、南部の十津川では関東に多く見られる「角餅にすまし汁」が受け継がれてきました。

丸餅は満月や望月「ミチ」「モチ」に通じるという説あり、ハレの日の特別な食べ物だった

丸餅は満月や望月「ミチ」「モチ」に通じるという説あり、ハレの日の特別な食べ物だった

きな粉に込められた祈り

「丸餅に味噌」という雑煮文化圏のなかでも、奈良の特色としてあげられるのが、丸餅を「焼く」ことと、「再び取り出してきな粉につける」ことです。里芋や大根、にんじん、豆腐などを入れた汁は、きめ細かくまったりとした甘みを持つ白味噌など、普段より上等な味噌で仕立てます。そこへ、ほんのり焦げめをつけた餅を入れ、溶けないうちに塗り椀へ取り分けます。そして、餅の表面に味噌味がしっかりと染みこんだ頃、餅だけを取り出して砂糖をたっぷりまぜたきな粉につけて味わうのです。初めての方は大抵驚かれますが、おはぎやわらび餅のような、デザートに近い感覚です。

「まめのこ(きな粉のこと)がないと雑煮を食べた気がしない!」という人もいるくらい、盆地や山地を問わず奈良県内で愛されてきた食べ方にもかかわらず、近隣同士でもきな粉をつけない場所もあり、食文化が広がる過程の不思議さを垣間見るようです。

お雑煮からお餅を取り出して甘いきな粉に。一度食べるとやみつきに?

お雑煮からお餅を取り出して甘いきな粉に。一度食べるとやみつきに?

きな粉が使われる理由は定かではありませんが、きな粉を「稲の花」に見立てて豊作を祈った名残ではないかという説もあります。もしそうだとすれば、農耕をなりわいとする人が少なくなった現代にも、食べるということを通じてその祈りが受け継がれているのかもしれません。

奈良市の東部を含む大和高原周辺では、できるだけ大きな頭芋を雑煮に入れる風習もあります。これにも、「人の上に立つ頭になるように」といった願いが込められているそうです。その土地その土地で受け継がれてきた食べ方、そして伝え聞いてきた祈り。お雑煮には、連綿と育まれてきた奈良の歴史と文化が詰まっています。

大和高原では里芋の頭芋を大きいまま入れる「デカいも雑煮」も

大和高原では里芋の頭芋を大きいまま入れる「デカいも雑煮」も

■参考文献
『図説 民俗探訪事典』山川出版社 1983年
『聞き書 奈良の食事』農山漁村文化協会 1992年
岩城啓子「奈良県内の正月の雑煮についての考察」桜井女子短期大学紀要第19号 1997年
柳田國男『食物と心臓』創元社 1940年

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