奈良きたまち散策

改修保存された「旧鍋屋交番きたまち案内所」

奈良きたまち散策

ならまちとは違う表情「きたまち」

登大路ホテル奈良や近鉄奈良駅の北に広がる、通称「きたまち」。奈良の北の玄関口として、ならまちとはまた違った趣きのエリアです。商店街の突き当たりにある奈良女子大学は、江戸北町奉行所の倍以上の広さを誇った奈良奉行所跡に建てられており、女子大の前身である奈良高等女子師範学校は、1908年に日本で二番目に設置された女子教員養成学校でした。旧本館である記念館は、きたまちのシンボル的建物のひとつであり、入口横の守衛室とともに、国の重要文化財に指定されています。

1909年に奈良女子高等師範学校本館として建てられた奈良女子大学記念館

1909年に奈良女子高等師範学校本館として建てられた奈良女子大学記念館

奈良女子大学正門の南手前角には、ピンク色のかわいい建物「旧鍋屋交番きたまち案内所」があります。「鍋屋の交番」として親しまれ、地元の人たちの熱心な運動のもとに保存改修された案内所には、きたまちに点在する店舗や観光スポットがまとめられたマップなど、散策に欠かせない情報が揃っています。「駐在さん」と呼ばれるボランティアスタッフの方々が当番で詰めているので、ここをスタート地点にするのがおすすめです。

かわいい「旧鍋屋交番きたまち案内所」。畳の部屋では季節ごとに企画展も開催

かわいい「旧鍋屋交番きたまち案内所」。畳の部屋では季節ごとに企画展も開催

小さなお店が思いのほか点在する「きたまち」。マップは案内所や各店舗で入手できる

小さなお店が思いのほか点在する「きたまち」。マップは案内所や各店舗で入手できる

案内所の並びにある初宮神社は、春日若宮おん祭のお渡り式の前に、田楽座が詣でる春日大社の境外末社です。境内は普段閉ざされていますが、毎月5のつく日などに縁市が行われ、地元の野菜や食べ物、古本雑貨が並ぶにぎやかな空間に変わります。本殿は小ぶりながら二間社の珍しい様式です。

初宮神社は春日大社の境外末社

初宮神社は春日大社の境外末社

一条通りと佐保川、幻の多聞城

旧鍋屋交番きたまち案内所と奈良女子大学のある通りから北へ視線を移すと、こんもりとした森が目に入ります。一条通りと佐保川の交差点脇にある「聖武天皇陵 光明皇后陵」です。現在の一条通りはさほど道幅のない生活道路ですが、地図で確認すると法華寺と東大寺転害門(てがいもん)を結ぶ平城京の幹線、一条大路であったことがよくわかります。すぐそばにかかる法蓮橋は昭和初期の1931年竣工ながら、文化財級の美しい曲線を持った石の橋です。

一条通りに面した聖武天皇陵

一条通りに面した聖武天皇陵

カーブの美しい「法蓮橋」。聖武天皇陵前から転害門(右奥)へと一条通りを結ぶ

カーブの美しい「法蓮橋」。聖武天皇陵前から転害門(右奥)へと一条通りを結ぶ

佐保川と天皇陵のあいだに伸びる多門(たもん)町の路地を東へ進むと、奈良市立若草中学校の正門前に出ます。戦国大名の松永久秀が、この小高い丘に大和支配のための画期的城郭「多聞城(たもんじょう)」を建てたのは、今から460年ほど前のこと。のちに建てられた安土城のモデルともいわれ、外観は白壁に瓦葺き屋根、室内は畳敷きで障壁画や金箔で彩られていたという多聞城。一流の茶人でもあった久秀は、城内に備えた絢爛な茶室で茶会を催したといいます。しかし、ポルトガル宣教師たちも絶賛した近世城郭の先駆けは、久秀が信長に反旗を翻したことにより、築城から20年足らずで破却され、一部は安土城に運ばれました。歴史に「もしも」はないものの、長年にわたりここに城があれば、きたまちは城下町として栄えていたのかもしれません。多聞城や松永久秀の実像については、近年新しい史料が発見されています。近くの若草公民館を拠点とする多聞城ファン倶楽部では、勉強会や見学会を不定期に開いています。

若草山や東大寺からほど近い多聞城跡。南に広がる奈良の町を一望できる

若草山や東大寺からほど近い多聞城跡。南に広がる奈良の町を一望できる

多様な時代の面影を刻む、奈良坂の建造物

一条通りの東端、転害門前を南北に伸びる京街道(奈良街道)をしばらく北進すると、バイパスと枝分かれする旧街道に「石橋」と大きく刻まれたが親柱が残っています。路面はアスファルトで覆われ欄干も付け替えられていますが、実は奈良奉行所によって1650年に架けられた非常に古い石橋で、どっしりとした橋脚の石柱が人々の足元を支えています。この橋を渡ると、きたまちの北限にあたる奈良坂エリアです(現在の地名表記は「奈良阪」)。

今在家町の佐保川に架かる「石橋」は1650年に架けられた古い橋

今在家町の佐保川に架かる「石橋」は1650年に架けられた古い橋

石橋からやや急坂を200メートルほど北へ上ると、大正時代の旧水道施設、レンガ造りの「奈良阪計量器室」があり、右手が旧街道、左手の坂の上には「旧奈良監獄(旧奈良少年刑務所)」があります。

この辺りは鎌倉時代に「北山宿」という集落ができ、僧の叡尊が再興した般若寺を中心に慈善救済事業が行われていました。「北山十八間戸(きたやまじゅうはちけんこ)」は、叡尊の弟子の忍性(にんしょう)が建てたハンセン病患者のための救済施設で、1室約4畳の個室が18設けられています。道路側から見える扉には、江戸時代に刻まれた「北山十八間戸」の文字がくっきりと残ります。すぐそばの街道沿いには、會津八一が歌に詠んだ「夕日地蔵」が、西方に向かって祈り続けるように立っています。

ならざかの いしのほとけの おとがひに こさめながるる はるはきにけり  會津八一
(奈良坂の石の仏の頤に小雨流るる春は来にけり)

忍性によってつくられた救済施設「北山十八間戸」

忍性によってつくられた救済施設「北山十八間戸」

室町時代の作といわれる夕日地蔵。會津八一歌碑は般若寺境内にある

室町時代の作といわれる夕日地蔵。會津八一歌碑は般若寺境内にある

奈良女子高等師範学校の設立と同じ1908年に、「明治五大監獄」のひとつとして竣工したのが「奈良監獄」です。1946年から2017年の廃庁までは「奈良少年刑務所」と改称し、再犯防止に向けて詩の講義など先進的な取り組みが行われていました。一般利用もできる理容店や矯正展などで、地元の人たちにも身近な存在の美しい赤レンガ建築は、2017年に国の重要文化財に指定され、保存活用されることが決まっています。

赤レンガの美しい旧奈良監獄(旧奈良少年刑務所)表門。奥に旧庁舎の尖塔が見える

赤レンガの美しい旧奈良監獄(旧奈良少年刑務所)表門。奥に旧庁舎の尖塔が見える

旧街道に面した国宝の般若寺楼門(入口は東側の県道沿い)

旧街道に面した国宝の般若寺楼門(入口は東側の県道沿い)

搾りたて牛乳を使ったソフトクリームが人気の植村牧場。カフェレストランも併設

搾りたて牛乳を使ったソフトクリームが人気の植村牧場。カフェレストランも併設

毎年10月8日に行われる「翁舞」が有名な奈良豆比古神社

毎年10月8日に行われる「翁舞」が有名な奈良豆比古神社

旧街道沿いにはほかにも、コスモス寺として知られる般若寺や、1883年創業の植村牧場、能の源流といわれる「翁舞(おきなまい)」が伝え継がれる奈良豆比古(ならづひこ)神社など、見どころがいっぱいです。駅前から奈良豆比古神社までは直線で2キロメートルほどあるので、片道をバスにしてゆっくり戻ってくるのもいいかもしれません。

古代から中世、さらには近代から現代まで、さまざまな時代の記憶が景観に深みを与えている「きたまち」、今回は、京街道の東部分はご紹介できませんでしたが、一見静かな住宅街には、ぜいたくな歴史的風景がちりばめられています。

大仏殿や若草山がすぐそこにあるきたまちの日常風景

大仏殿や若草山がすぐそこにあるきたまちの日常風景

登大路ホテル奈良からのアクセス

旧鍋屋交番きたまち案内所

Webサイト

https://www.nabeya.kitamachi.info/

住所

奈良市半田横町37-2 電話0742-23-1928

アクセス

近鉄奈良駅 行基広場前から信号を北へ渡り、商店街の突き当りを東へ曲がり1つめの道を北へ。
徒歩約7分(約500メートル)

情報

開館時間 10:00~16:00
休館日 休日を除く水曜日、12月27日から翌年1月5日

奈良女子大学

住所

奈良県奈良市北魚屋東町

初宮神社

住所

奈良市鍋屋町10

聖武天皇陵 光明皇后陵

住所

奈良市法蓮町1415

多聞城跡(若草中学校)

住所

奈良市法蓮町1416-1(校内は立入禁止)

石橋

住所

奈良市今在家町

北山十八間戸

住所

奈良市川上町454 (内部見学は敷地内の食堂に要申込)

夕日地蔵

住所

奈良市興善院町16

般若寺

住所

奈良市般若寺町221

植村牧場

Webサイト

http://www.uemura-bokujyo.co.jp/

住所

奈良市般若寺町168 電話0742-23-2125

アクセス

近鉄奈良駅前から奈良交通バス「青山住宅」「州見台八丁目」行で「般若寺」下車、西へ300メートル(約4分)

情報

営業時間 8:00~17:00(売店は10:00開店で冬季休業)
カフェレストランは9:00~17:00(水曜・年末年始定休)

奈良豆比古神社

住所

奈良市奈良阪町2489

※2020年03月現在の情報です。

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