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第9回 初夏
なら燈花会
明かりが広がる壮大な夜

蒸せるほどの夏の宵、うちわを持って古都へ、奈良へ―。
わざわざ八月の暑い盛りを選んでやって来たそのお目当ては「なら燈花会(とうかえ)」。世界遺産がひしめく奈良には高いビルもネオンもなく、夜ともなれば目印程度のライトアップで古代の建築が照らし出されるくらい。この期間中は、広大な奈良公園がろうそくの明かりの花に彩られるのだ。

まずは日暮れを待つのに、登大路ホテル奈良でゆったりとディナーをいただく。日中の暑さで、ささくれだった気分をクールダウンしておこう。季節のデザートを味わう頃には、ホテルのかたがそっと知らせてくれる。
「もう点灯される頃ですよ」
あら、と腕時計を見ればもう七時。
「じゃあ行ってきますね」
「ごゆっくり」
そんな合図で、マップ不要の小さな時間旅行へと出掛けるのだ。

ホテルを出れば日はとっぷりと暮れ、なまぬるい夏の風。なのに、こんな時間に、駅から奈良公園に向かう人の流れがある。そこは東大寺をはじめ春日大社や興福寺の境内なので、夜ともなれば神様や仏様の領域。ふだんはとても密やかで暗い場所というのに。

しかし途上、すでに奈良国立博物館に興福寺と、足元には点々とろうそくの灯が満ちている。猿沢池(さるさわいけ)までたどりつけば、ライトアップされた興福寺の五重塔が遠景となって浮かび上がり、水面にゆらめく灯が幽玄な別世界へ迷い込んだようなインパクトでせまる。

奥まった位置にある浮見堂(うきみどう)も黄金色に輝き、溜め息が出るほど幻想的。鷺池では、夜というのにボートを繰り出すことができるので、ぜひとも”誰か”を誘って出掛けたい。夜の闇には言葉は不要。池をぐるり縁取るろうそくの灯が水面に反射し、水を漕ぐ櫂の音以外は、何が現実で何が夢幻なのか曖昧になる。”誰か”と何も起きなくても、万葉の人々でさえ見なかった非日常のこの景色には、しばし時の海をたゆたう気分になれるだろう。

そしてふたたび明かりに導かれ、昼間は緑濃い浅茅ヶ原へ。竹のオブジェとハーモニーをなす、ろうそくの明かりが木々の陰影を縁取る中を、夢見心地で進んでいく。
東大寺大仏殿に面した春日野園地はイベント最大の会場で、うねるような明かりの広がりがただ壮観というばかり。振り仰げば夜空はもっと大きく、夕日や星を見ることのない都会暮らしにはそれだけで感動的だろう。

それにしても、都市のイルミネーションとはまったく違う、この柔らかな灯の明るさをどう表現しようか。魔を払う鮮烈な炎の赤さでもなく、鎮魂を祈り無言でゆらめく灯でもなく、もっと素直で単純な、そう、どこか見えない世界を照らす標の赤さと言うべきか。
ろうそくの灯が作る明かりの一歩外は悠久の闇。目をこらせば、ふと、その暗がりの底に、いにしえ人のささやきが聞こえるような。そんな”常ならぬ”時間は、昼間あんなに暑い暑いとこぼしていた現実も、南都千三百年の歴史の深みへと持ち去ってしまうのだ。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。
著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社・鈴木商店の女主人の一代記『お家さん』(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。
2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、呉服商から皇室御用達百貨店を目指した女主人の一代記『花になるらん-明治おんな繁盛記-』(新潮社)。

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