作家 玉岡かおるの登大路・往来記(Noborioji ouraiki)

紅葉の写真
第2回 初秋 燃えるモミジの紅に溺れて

楽しかった旅は、次にリピートする時、やっぱり一番仲のいい友人と分かち合いたくなる。だから登大路ホテルでの滞在は、いつもそういう動機で次へとつながっていく。

その日は高校時代の仲間たちとのステイ。大人になって、こういうきちんとしたホテルに泊まれるようになったことが感慨深く、時間の経過が味わいに加わる。
そうして翌日。予定は特になく、それならふだん行けない遠い奈良へ足を伸ばしてみようと相談がまとまった。


――多武峰(とうのみね)。大和盆地を囲む山々の、東側の部分に当たる山系で山中にたたずむ談山(たんざん)神社へ。前日は夜が更けるまでお喋りしたばかりだから、逆に、静かなところへ行ってみようというのが落としどころ。山辺の道から始まる多武峰街道を、山の方へ、さらに山へ。
それにしても、街道というからには大勢の人がここを歩いたのだろうが、こんな山の中へ、いったい何をしに?
疑問はやがて山深く上っていくと解けてくる。樹木に埋もれた山の中に、壮麗な朱塗りの重塔のてっぺんが見えてきたからだ。木造としては我が国唯一の十三重塔だという。


祀られているのは藤原鎌足。その子孫たちの繁栄による財力と権勢あってこそ創建できた、すばらしい建築だ。街道は、先祖の遺徳を忘れぬ藤原氏一族が、累々と感謝を捧げて上って行った道だったのだ。
そもそも談山神社とは、「謀を談じた山」ということで名前がついたという。七世紀前半、藤原氏の始祖・鎌足は、権力をほしいままにしている蘇我氏を倒し、天皇家に実権を取り戻すことこそ国家の正しいあり方であると考えた。そして、中大兄皇子こそ国の未来を握る人物、と思い定めて、熱き思いを打ち明ける。二人の思いはみごとに実現するわけだが、それが教科書にも出てくる「大化の改新」である。


歴史を変える企みが語られた現場がここだと思うと、なにか自分の立っている地面に、静かなエネルギーがたちのぼる感じ。
なにしろこの静けさだ。声を出しても、聞いているのは静謐な山峰だけ、応えてくるのは木々のささやきだけ。だからこそここで、偉大な二人の男は日本の未来を語らったのだろうか。
昨夜あれだけホテルの部屋でかしましく喋った私たちも、圧倒されて、妙に寡黙だ。あまりに清浄な空間にすっかり魅せられ、今度は秋に、また同じ顔ぶれで出直してみることになるのは当然のなりゆきだったろう。


しかし、前に来た冬とは打って変わって、街道はもちろん参道も境内も、人、人、車、車。ここは名高い紅葉の名所であったのだ。境内を包むのは三千本の楓の木。秋は全山が燃えるような紅になり、本殿や十三重の塔の朱色とのみごとな調和に、息を飲む。くらくらと溺れそうな紅に目を閉じれば、ざわめきが一瞬で遠ざかり、山の冷気が胸にしみる。言葉はなくても、場の持つ力がここにいる人全員を同じ感慨で貫いていくのだ。


歴史上の偉大な男たちも、胸にたぎる志をこんなもみじの紅に染めたのか。時を超え、思いを馳せて飽きない豪奢な紅葉。またこの秋も、行ってみたくてうずうずしている。

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兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社・鈴木商店の女主人の一代記『お家さん』
(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。

2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は、呉服商から皇室御用達百貨店を目指した女主人の一代記『花になるらん-明治おんな繁盛記-』(新潮社)。

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