作家 玉岡かおるの登大路・往来記(Noborioji ouraiki)

第5回 初夏 空中散歩で天上界へ 大和葛城山の別世界にあそぶ

奈良の地形は、「ゆるやかな山に囲まれた平坦な盆地」と表現されることが多い。東に笠置山地、西に生駒金剛山地。たしかに右にも左にも山はある。でも、地面からでは、方向音痴の私はどれがどれだかいつも迷う。きっと高いところに登って奈良を一望したら、一発で納得するのだろうけどなあ。でも奈良にはそういう高層建築がない・・・。
などと思っていたが、昔の人は高層ビルも通信衛星もないというのに、山の位置も形も把握していた。なぜ? そう、答えは簡単、展望のきく高い山に登れば可能だったのだ。
国土の七割が山という日本では、役行者(えんのぎょうじゃ)以来、山に登っておのれを磨く修験道が根付いてきた。僧たちは修行の中で地上を見下ろし、軍事的に大事な地勢も、農業に向いた土地も、権力者が知りたがる情報をすべて手に取るように把握していただろう。

「ようし、それなら私も山に登ってみよう」
ということで選んだのは、その役行者が最初に山岳修行したという大和葛城山。
奈良県と大阪府の境にあり、北側の二上山から南側にある金剛山へと連なる間に位置する。
もっとも、登る、とはいえ、せっかく誰でも登れるようにと文明の乗り物が整備されているので、これを利用するにこしたことはない。近鉄御所(ごせ)駅からバスで登山口に着くと、ロープウエイが山頂まで通じている。夏も近い平日、我々の他に乗客の姿はなし。混雑しているよりはすいているに越したことはなく、ゆったりロープウエイに乗り込んだ。

ぶらーん、と山の方へと吊り上げられれば六分間、まるで空中散歩というところ。見下ろせば木立の間には、歩いて登るハイカーたちの姿も見え隠れする。標高約959mというのはお手軽な山歩きらしく、奈良や大阪市内から日帰りできるので人気らしい。そのうち、窓の外ははるかな高み。見えてくる見えてくる、はるかむこうに、隠すものとてない奈良盆地が・・・。
たしかに奈良は、なだらかな山地に囲まれた盆地であった。思った以上に住宅が立ちこめているが、平地の中にぽこりぽこりと緑の頭をもたげるのは、大和三山、万葉人のランドマークの畝傍(うねび)、耳成(みみなし)、香具山(かぐやま)だ。
双眼鏡を持ってくればよかったと悔やんだのもつかのま、生駒山の先は大阪平野、さらにその先に六甲山系が見え、海の方角を見れば淡路島まで霞むことなく、360度がさえぎられることなく自分の視野の内。

山頂は広々とした高原で、恋人達の聖地にも指定されており、カップルが付けていったたくさんの錠前がぶら下がっている。地上からはるか高い別天地を記念の地に、とは、今の若者、愛の修行者というところか。
五月半ばに全山が紅に染まるつつじの頃は人であふれるというが、夏の新緑や秋のススキ、冬は雪景色など、四季を通して自然の美しさを堪能できる大和葛城山。よし、次回は私も歩いてみようとつぶやけば、すぐさま「いつ?」と尋ねられる。そうだな、まずはいでたちをそろえ、格好から入ることかな。
いつになるやら山ガール、涼やかな高原の風に心も動くひとときだった。

兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。 ’87年 神戸文学賞受賞作の『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(新潮社)で文壇デビュー。 著書多数の中、幻の名画コレクションに材を取った『天涯の船』をはじめ、巨大商社・鈴木商店の女主人の一代記『お家さん』
(第25回 織田作之助賞受賞)、生野銀山を舞台に国家と人間の近代化を描いた『銀のみち一条』(いずれも新潮社)は、 明治三部作として反響を呼んでいる。

2015年に刊行した『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社)執筆の際は、小説の舞台が登大路ホテル奈良に隣接する興福寺だったこともあり、ホテルに宿泊して構想を練った。 最新作は戦中、戦後の婚礼衣装の変遷を描いた小説『ウエディングドレス』(幻冬舎)。

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