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2023.08.02

宝山寺獅子閣―宮大工の技が光る洋風客殿

綴る奈良
宝山寺獅子閣

| 「生駒の聖天さん」こと宝山寺の迎賓館

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 重要文化財 宝山寺獅子閣

「生駒(いこま)の聖天(しょうてん)さん」の名で親しまれ、現世利益の絶大な信仰を集める宝山寺(ほうざんじ)。標高642メートルの生駒山中腹にある寺の境内には、明治17(1884)年に竣工した瀟洒な洋風客殿「獅子閣」があります。明治政府による迎賓館「鹿鳴館」ができた翌年に獅子閣を建てたのは、宝山寺山主に腕を見込まれた一人の宮大工でした。

般若窟と宝山寺本堂(右)、聖天堂拝殿

ー 般若窟と宝山寺本堂(右)、聖天堂拝殿

近鉄生駒駅に隣接する生駒ケーブル鳥居前駅からケーブル線に乗り換えて宝山寺駅で降車、石段の参道を10分ほど上ったところに宝山寺があります。役行者(えんのぎょうじゃ)が大般若経を納め、弘法大師も修練したと伝わる「般若窟(はんにゃくつ)」のもとに伽藍を配する宝山寺は、1678年、湛海律師(たんかいりっし)によって開山。その霊験から天皇家の勅願寺とされ、将軍家や地元郡山藩主らの祈願所としても名を馳せました。

明治の初め、第14世山主の法禅乗空は、聖天堂の再建のため働いていた大工 吉村松太郎の腕を見込み、かねてから考えていた洋風客殿建設を計画しました。まず松太郎を3年間横浜に留学させた後、現在も本殿前にある小社天神社の造らせてその技を確認。晴れて棟梁に任じられた松太郎のもと、近隣の大工や木挽き、石工らも集まって、獅子閣は明治15(1882)年に上棟、2年後に落慶しました。

| 随所に宮大工ならではの様式美

獅子閣「懸造」の全景(宝山寺提供)

ー 獅子閣「懸造」の全景(宝山寺提供)

獅子閣の建設地は、本堂に向かって右奥、江戸時代末期に焼失した愛染院の跡地でした。当時の絵図にも克明に描かれているように、獅子閣は石垣の上にせり出すように建てられています。東大寺二月堂や清水寺の舞台にみられる「懸造(かけづくり)」を取り入れた和洋折衷の斬新なスタイルからは、最新の技術を学んだ松太郎の根底にある、宮大工としての意気込みが伝わってくるようです。1961年には国の重要文化財に指定、完成から120年以上経った2005年から2010年にかけては、半解体を含む大規模な修理工事が行われました。

「大和国生駒山寶山寺境内真図」部分(1891年) 奈良県立図書情報館

ー 「大和国生駒山寶山寺境内真図」部分(1891年) 奈良県立図書情報館蔵

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 玄関右手からベランダ下の懸造が見られる

獅子閣のように、柱は木材、壁は漆喰、屋根は瓦を使った洋風建築は「擬洋風建築」と呼ばれ、明治時代の前半に流行しました。単に洋風建築を模倣したのではなく、それぞれに和の意匠をこらした個性的な建築物ですが、とりわけ獅子閣は工作が優秀で良質な材料を使っている点など、文化史的意義が高い建築物とみなされています。

アーチ形の欄間に埋められた美しい色ガラスの扉から広々とした板間に入ると、一段高くなった6畳の和室2室と美しい螺旋階段が目に入ります。最上段と最下段以外は宙に浮いたように見える螺旋階段は、1本柱に松の板を組み込んだ堅固な造りです。

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 獅子閣のシンボル、色ガラスの扉と螺旋階段

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 1階和室入口。繊細な襖絵も見どころ

2階は和室の3方に廊下をめぐらせた開放的な間取りで、1階と同じ南面のベランダに加えて玄関上部へも出られるようになっています。金属製品の多くは舶来品で、頭の丸い洋釘を多用するなど目新しさも強調。柱に施された手彫りの装飾は、石材には出せない陰影に富んでいます。

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 木部は松材や檜材を使い分けている

一方で10畳を2室つなげた和室は、金箔の床の間や格天井(ごうてんじょう)、威風ある襖絵など絢爛豪華なしつらえ。窓の向こうに見える境内と相まって、和洋が調和した空間をつくりだしています。越後(現在の新潟県)からやってきた吉村松太郎は、その後家族を呼び寄せて終生奈良にくらし、宝山寺にほど近い大乗滝寺に眠っています。

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 絢爛豪華な2階和室

重要文化財 宝山寺獅子閣

ー 2階ガラス越しに見える境内

| 霊気に満ちる奥の院参道

獅子閣内部を見られるのは特別公開時のみですが、宝山寺境内は24時間年中開かれています。特に毎月1日と16日のご縁日には、午前零時にお参りを欠かさない熱心な信者も。湛海律師自刻の不動明王を本尊とする本堂隣には、檜皮葺(ひわだぶき)八つ棟(やつむね)造りの聖天堂拝殿と天堂があり、開山以来毎日午前2時から、秘仏大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん=聖天さま)への浴油供(よくゆく)祈祷が絶えることなく行われています。本堂一段上の多宝塔前からは若草山まで見渡すことができ、さらに200メートルほど上った奥の院の裏手、大黒堂からの景色も見事です。

宝山寺奥之院参道の地蔵坂道

ー 奥の院参道の地蔵坂道

宝山寺奥之院_開山廟

ー 宝山寺奥の院の先にある開山廟

宝山寺境内

ー 聖天さまの好物、歓喜団と大根をあしらった賽銭箱

| 風情ある門前の町並み

市街地を見下ろす宝山寺参道

ー 市街地を見下ろす宝山寺参道

門前の参道には、かつて多くの旅館が建ち並んでいました。近年は、聖天さんの好物、歓喜団(巾着型の唐菓子)や大根にちなんだ十割蕎麦を出すお店など、眺望の良いレストランやカフェが増え、リフレッシュに訪れる人も。さらにケーブル線を乗り継げば、大阪平野も一望できる生駒山上遊園地があり、盆地部とは違った奈良の一日を楽しむことができます。

聖天さんの好物にちなんだ「巾着六根蕎麦」

ー 聖天さんの好物にちなんだ「巾着六根蕎麦」

日本で最初に開業した生駒ケーブル

ー 日本で最初に開業した生駒ケーブル

◇宝山寺へのアクセス
近鉄奈良線生駒駅で隣接する生駒ケーブルに乗換え(鳥居前駅)、宝山寺駅で下車、徒歩約10分(約450メートル)

◇関連サイト

宝山寺獅子閣特別公開 宝山寺Webサイト

◇主な参考資料
『湛海律師の足跡』大矢実圓 奈良新聞社 2021
『生駒山 寶山寺』大本山生駒山寶山寺
「重要文化財宝山寺獅子閣修理工事報告書」奈良県教育委員会 2010
「月刊大和路ならら」2015年1月号

※2021年7月現在の情報です。