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2023.08.03

岩船寺と浄瑠璃寺 当尾の石仏

綴る奈良
当尾の石仏

登大路ホテル奈良から直線で北東に5キロメートルほど、京都府木津川市加茂町当尾(とうの)地区は、春日山原始林の北の丘陵地帯にある山里です。「とうの」という地名の由来は、かつて南都仏教の僧侶たちの修養の場として塔頭が並び、「塔の尾根」ができるほどであったことから「塔尾」、さらに「当尾」の字があてられたといわれます。古くから奈良との往来がさかんだったこの地には、九体阿弥陀仏や吉祥天女像で有名な「浄瑠璃寺」や、平等院より100年余り早い阿弥陀如来坐像を本尊とする「岩船寺(がんせんじ)」のほか、多くの摩崖仏が残る「石仏の道」があります。

若草山の鶯塚

ー 若草山の鶯塚から加茂町方面をのぞむ

今なら奈良市街から当尾の里へは車なら20分ほど、またはJR奈良駅から加茂駅経由でコミュニティバスに乗れば岩船寺、浄瑠璃寺、どちらの門前へも気軽に行くことができますが、『古寺巡礼』を書いた和辻哲郎や「浄瑠璃寺の春」を書いた堀辰雄など大正から昭和初期の文学者たちは、現在の奈良県庁東を北へ進んだ「奈良坂」を越え、人力車や徒歩で当尾の里を目指したようです。

岩船寺裏旧道にある三体地蔵摩崖仏

ー 岩船寺裏旧道にある三体地蔵摩崖仏

岩船寺門前の手作り漬物無人販売所

ー 岩船寺門前の手作り漬物無人販売所

| 岩船寺

花の寺として知られる岩船寺は、特に有名な紫陽花の季節はもちろんのこと、冬木立に光が射し込む境内のしずけさもまた格別です。胎内に947年の銘がある本尊 阿弥陀如来坐像は、像高3メートルのケヤキの一木造りで、朱の衣をまとい、密教の両界曼荼羅をあらわす印を結んでいます。堂々として見るものを圧倒しながらも、ふくよかで円満な姿は、一切の衆生を極楽浄土に迎えるという阿弥陀如来の慈悲の大きさを体現しているかのようです。

岩船寺三重塔

ー 平成の修理で色鮮やかに蘇った岩船寺三重塔

岩船寺三重塔の四隅を支える天邪鬼

ー 三重塔の四隅を支える天邪鬼

岩船寺本堂と三重塔

ー 岩船寺本堂と三重塔

本堂には鎌倉時代の四天王立像のほか、元は三重塔に納められていた普賢菩薩騎象像、十一面観音像など多くの重要文化財を含む仏像が安置されており、元日から1月15日までと春、秋の年3回には秘仏特別公開も行われています。

三重塔の右手の階段から歓喜天堂のさらに先に登りつめると、「貝吹岩」という大きな一枚岩のある高台にでます。鎌倉時代には、39坊あった岩船寺の修行僧たちを集めるために、ここで法螺貝が吹き鳴らされたのだとか。眼下には奈良時代に一時都が置かれた恭仁京跡、西は遠く生駒山までが一望できる、当尾で最も高い場所です。

恭仁京から生駒山まで一望できる貝吹岩

ー 恭仁京から生駒山まで一望できる貝吹岩

| 石仏の道

岩船寺から浄瑠璃寺はバスや車で数分の距離ですが、約2キロメートルの石仏の道をのんびりと歩いてみるのもおすすめです。岩船寺西側の車道脇の細い道を降り、しばらく道なりに進むと、ごつごつとした岩肌の多いくだり道が200メートルほどありますが、手すりも完備され、それ以外は歩きやすい道が続きます。

石仏の道沿いの階段下にある「一願不動」

ー 石仏の道沿いの階段下にある「一願不動」

岩船寺近くの石仏の道

ー 岩船寺近くの石仏の道

岩場を通り過ぎたT字路のすぐ左(東)にある「わらい仏」は、1299年、「願主岩船寺住僧 大工末行」の銘の残る当尾を代表する石仏です。岩船寺の阿弥陀如来を彷彿とさせるふくよかで柔和な笑顔で、この道を行き交う多くの人たちを700年以上見守り続けています。

「わらい仏」

ー 笑みをたたえる「わらい仏」

「カラス(唐臼)の壺二尊」

ー 左側面には地蔵菩薩も「カラス(唐臼)の壺二尊」

浄瑠璃寺近くの「藪の中三尊摩崖仏」

ー 浄瑠璃寺近くの「藪の中三尊摩崖仏」

| 浄瑠璃寺

「藪の中三尊摩崖仏」を西へ進むとほどなく、土産物店や食堂が点在する浄瑠璃寺の門前に到着します。馬酔木など季節の花のあふれる明るい参道から小さな山門をくぐると、中央の「宝池」を挟んで東を此岸(しがん=この世)、西を彼岸(あの世)に模した浄土式庭園の空間が広がります。

寺名は、三重塔に安置される薬師仏の浄土である「浄瑠璃浄土」に由来します。三重塔は1178年に京都一条大宮から移築された国宝です。春分、秋分の彼岸の中日には三重塔に安置された薬師如来の後方から日がのぼり、本堂中尊の阿弥陀如来後方に日が沈むように伽藍が配置されています。

季節ごとに風情ある浄瑠璃寺山門

ー 季節ごとに風情ある浄瑠璃寺山門

宝池の東にある三重塔(国宝)

ー 宝池の東にある三重塔(国宝)

平安時代の姿をみせる浄土式庭園

ー 平安時代の姿をみせる浄土式庭園

宝池の西 本堂の九体阿弥陀堂(国宝)

ー 宝池の西 本堂の九体阿弥陀堂(国宝)

また浄瑠璃寺の別名「九体寺(くたいじ)」は、1107年に建立された本堂(九体阿弥陀堂)に安置される九体阿弥陀如来像に由来します。平安時代には各地に30棟ほどあったという「九体阿弥陀堂」のうち唯一現存する建物で、仏像とともに国宝に指定されています。

また、とりわけ人気の高い秘仏 吉祥天女立像は、元日から1月15日までと春、秋の年3回特別公開されています。ふくよかで色白の肌と、保存状態のよい彩色の美しさ、写真で想像するより小ぶりで繊細な装飾は、豊かなくらしと平和を授ける福徳の女神らしさにみちあふれています。

9体の阿弥陀如来像は、2018年から順次文化財修理が行われています。2021年末現在は2体の阿弥陀様がご不在ですが、中央の一番大きな阿弥陀如来中尊像はすでに修復を終えて本堂に安置されており、2023年までにはすべての阿弥陀様がお戻りになる予定です。

◇真言律宗 高雄山 岩船寺へのアクセス
JR奈良駅から加茂駅下車、木津川市コミュニティバス当尾線で「岩船寺」下車すぐ。

◇真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺へのアクセス
JR奈良駅から加茂駅下車、木津川市コミュニティバス当尾線で「浄瑠璃寺前」下車すぐ

◇関連サイト

真言律宗 高雄山 岩船寺 当尾の石仏

◇主な参考資料
『岩船寺』真言律宗 高雄山 岩船寺
『浄瑠璃寺』真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺 2018
『古寺巡礼 京都2 浄瑠璃寺』立松和平・佐伯快勝 淡交社 2006
「週刊 古寺をゆく17 浄瑠璃寺 岩船寺」小学館 2001
『古寺巡礼』和辻哲郎 岩波書店 1919
『大和路・信濃路』堀辰雄 新潮文庫 1955

※2021年12月現在の情報です。