中世の町割りを今にとどめる奈良町の一角、「名勝 旧大乗院(だいじょういん)庭園」南に位置する福智院(ふくちいん)町の今西家書院は、室町時代中期に建てられた重要文化財です。書院は一般公開されており、四季折々に美しく整えられた庭園を眺めながら喫茶を楽しむこともできる憩いの空間です。
| 今西家が福智院家から受け継いだ居宅
ー 今西家書院入口 長屋門
1884年より酒造業を営む今西家は、1924年に隣接する福智院家の居宅であった書院を譲り受けました。福智院家は代々、大乗院の寺務をつかさどる坊官(ぼうかん)および興福寺の諸事を統率する三綱(さんごう)職の地位に任じられてきた家柄でした。井原西鶴の浮世草子「世間胸算用」の中には、因幡守(いなばのかみ)とも名乗った福智院家の大晦日のにぎわいが描写されています。
両家は現在も親交があり、「この書院を現状のまま残してほしい」との当時の福智院家の思いを受け継いだ今西家によって、柱の根継や解体修理を経て大切に守られ今に至っています。
| 室町期の面影が残る「書院の間」
1937年、今西家書院は国宝保存法により民間所有の建物として初の国宝建造物に指定され、1950年の文化財保護法の施行に伴い、重要文化財となりました。接客や謁見などに使われた「書院の間(上段の間)」は、室町時代における初期の書院造りの遺構です。もとは板敷の一間であったものが江戸時代に畳二間に改造されましたが、鴨居と敷居は取り外し可能になっており、いつでも当時の姿に戻すことができます。
ー 庭に面した「書院の間」
書院の間が「上段の間」とも呼ばれるのは、接客の中心であるこの部屋が、どの部屋からも高くなるように設計されているからです。現在のバリアフリーとは真逆の構造ではありますが、一歩も二歩も下がってお客さまをお迎えするという、当時の心配りが感じられます。
ー 「上段の間」はお客さまを迎える空間
見どころの多い書院の間で、ぜひ確かめてほしいものの一つが、2枚の障子を1本の敷居にはめる「子持ち障子」といわれる変わり障子です。閉めると中央の桟がぴたりと重なって、1枚の大きな障子に見えます。土壁の上に和紙を何枚も貼り重ねた「貼壁(はりかべ)」は、一番上の和紙を浮かし貼りにして空気をつくることで、夏の湿気を除き冬の冷気を防ぎます。
ー 1本の敷居に2枚の障子が立つ
ー 閉めると1枚に見える「子持ち障子」
中央の扉は左右で四面折りの「双折板扉(もろおれいたど)」という貴重な建具で、風雨を受けやすい場所にあるため保存の苦労もひとしおです。庭に出て書院の間を見上げると、ゆるやかな入母屋(いりもや)造りの軒に厚みのある檜皮葺(ひわだぶき)の唐破風(からはふ)が、町家にはない格式の高さを醸し出しています。
ー 身分の高い賓客を直接迎えた「双折板扉」
ー 蔀戸(しとみど)上部ははね上げ、下部は濡れ縁に
ー 風格ある唐破風が印象的な外観
| 網代編み、煤竹、舟底 多彩な天井
書院の間の奥にある茶室は、にじり口ではなく庭から立ったまま出入りできる「貴人(きにん)口」で、庭を広く取り入れる趣向といわれます。杉を使った網代(あじろ)編みの天井には、迫力のある龍が描かれているのでお見逃しなく。
ー 庭の緑がまぶしい茶室
その名も「網代編みの間」の天井は、茶室と違い太い杉をふんだんに使って編み上げています。中央から編み始める網代編みは、幅が太ければ太いほど編み終わりの始末が難しく、熟練した職人の技がなければ、今西家書院のように四方をぴたりと同形におさめることができません。
ー 同色の杉板が角度で色を変える「網代編みの間」
かつて囲炉裏のあった「煤竹の間」の天井には、細かく割いて板状にした煤竹(すすたけ)と丸い煤竹が使われています。天井裏には和紙と、さらにその上に5センチメートルほどの砂が敷き詰められており、万が一の火が出た時には燃え落ちて、砂が自然の消火剤になるのだそうです。
ー 天井裏に和紙と砂が敷かれた「煤竹の間」
ー 舟底天井で広々感じる「式台付き玄間」(江戸期)
| 贅沢空間で味わうスイーツ
書院では、春鹿純米酒と酒粕の風味豊かなしっとり特製バームクーヘンや、無添加麹あまざけ、自家製梅とかりんのジュース、季節の和菓子やお抹茶などが揃っています。思い思いの場所でゆったりとした時間を過ごしてほしいとの思いから、テーブルと椅子のある喫茶スペースだけでなく、書院の間や濡れ縁などにスイーツを運んでもらうことも可能です。
ー お気に入りの場所でスイーツを
ー 門を進み左奥が受付
| 世界的ブランド「春鹿」の限定酒が飲める酒蔵ショップ
ー 「きき酒」では季節限定など5種類の春鹿と奈良漬が楽しめる
今西家書院の東に隣接する今西清兵衛商店は、「春鹿(はるしか)」ブランドで世界にファンを持つ酒蔵。2022年、ロンドンで開催された世界最大のワインコンテストIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)で、数少ないゴールドメダルの中から特に優れた酒として選出される地域トロフィー受賞を果たしました。併設された酒蔵ショップでは、季節限定酒をはじめとした春鹿が販売されているのはもちろん、「きき酒」 セットも用意されています。スタッフの説明を受けながら季節ごとにおすすめの日本酒5種が楽しめる、リピーター続出の大人気メニューです。
ー 今西清兵衛商店併設の「春鹿」酒蔵SHOP
◇重要文化財 今西家書院へのアクセス
近鉄奈良駅より南東へ徒歩15分(1.2キロメートル)、またはJR・近鉄奈良駅から奈良交通バス「天理」方面行きバスで「福智院町」下車、西へ徒歩3分(130メートル)。
◇清酒春鹿醸造元 今西清兵衛商店へのアクセス
上記「今西家書院」の東に隣接
◇関連サイト
重要文化財 今西家書院 清酒春鹿醸造元 今西清兵衛商店◇参考文献
「今西家書院について」加藤碧海 「大和志」第4巻第8号 1937
『中世の村を歩く』石井進 朝日選書 2000
「今西家書院が日本の住宅史上に占める位置」清水和彦 「地域創造」56号 2018
※2022年5月現在の情報です。