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【綴る奈良vol.6】奈良の刀匠 月山家

刀の元になる地鉄(じがね)を鍛錬する

刀の元になる地鉄(じがね)を鍛錬する

 

三輪の地で受け継ぐ800年の伝統

 

奈良盆地の東縁、「青垣山」と詠われて幾重にも連なる山々の麓に、奈良と三輪を結ぶ古道「山の辺の道」があります。桜井市にある大神(おおみわ)神社から、摂社・狭井(さい)神社の前を過ぎ、石畳になっている山の辺の道を数分歩くと、白壁に囲まれた「月山(がっさん)日本刀鍛錬道場・記念館」に到着します。手前には狭井川が流れ、土手には「三枝祭」に奉献されるささゆりが育てられている静かな場所です。この地を拠点として作刀活動を行う刀匠・月山家では、日本刀の歴史や美しさを一般の人々にも知ってもらいたいと、週に一度記念館を無料で公開。山の辺の道をハイキングする人たちや、海外からの観光客が数多く訪れます(公開日は末尾に記載)

 

刀匠・月山家の歴史は、鎌倉時代初期にまで遡ることができます。そのルーツは、山形県のほぼ中央にある山岳信仰の聖地・月山の麓で栄えた刀鍛治。日本刀剣史でこれほど長く一門の技術が伝承されている例は他にないと言われ、「月山」の二字銘を許された刀工の評判は、松尾芭蕉の「奥の細道」にも記されているほどです。刀身全体に現れる独特の模様「綾杉肌(あやすぎはだ)」、別名「月山肌」は、月山家最大の特徴で、当代・月山貞利氏が「神秘的で宗教的なものを感じる」という地肌は、大きな波のうねりが浮き出したような優美さに充ちています。

 

刀匠月山貞利脇指桜彫

刀匠月山貞利脇指桜彫

 

苦難の時代に守り抜いた先祖伝来の技法

 

月山家の歴史は忍耐の歴史でもありました。江戸時代には刀剣の需要そのものが減り、刀鍛冶も減少。月山の麓で細々と技術を受け継いできた月山家の中から19世紀前半、先祖伝来の技法を守るべく月山貞吉(さだよし)が大坂へ移住します。その子、初代・月山貞一(さだかず)は、明治維新による廃刀令という危機に遭遇するも作刀に邁進し、1906年には刀工初の「帝室技芸員」を宮内省から拝命。その孫の二代・月山貞一(さだいち)も、数々の展覧会に入選しました。

 

しかし、第二次世界大戦後の物資不足とGHQによる8年間の刀剣製造禁止で、日本刀の伝統技術伝承は再び大きな危機に。二代・貞一は、わずかながら包丁づくりや彫刻に従事し、伝統を絶やさぬよう鍛錬に励みました。1971年に人間国宝(国指定重要無形文化財保持者)に認定され、米国ボストン美術館で「人間国宝展」などの展覧会が開催されると、月山日本刀は海外に広く知られることになります。初代・貞一が苦難の時代に土産物として作り海外へ渡った日本刀も発見され、二代・貞一ら月山家の刀剣とともに、現在もボストン美術館に収蔵されています。

 

1965年、作刀に適した静かな環境を求めて現在の場所に移り住んだ月山家。二代・月山貞一の息子で奈良県指定無形文化財保持者でもある月山貞利氏の作品は、寺社の御神刀や歴代横綱土俵入りの太刀として求められるだけでなく、ニューヨークメトロポリタン美術館など海外の有名美術館にも収蔵されています。そして、師匠であり父である貞利氏に入門した月山貞伸氏も、各種コンクールで特賞や入賞を重ねながら、刀剣鑑賞会に取り組むなど啓蒙活動にも力を注いでいます。
苦難の時代を耐え抜いた先祖伝来の技術。それを受け継ぐという並々ならぬ決意が、月山800年の歴史を未来につなぎます。

 

月山日本刀ができるまで

 

焼入れ前、繊細な動きでふいごを操作しながら刀身を均一に赤める

焼入れ前、繊細な動きでふいごを操作しながら刀身を均一に赤める

 

わたしたちが普段何気なく使っている言葉には、日本刀にまつわるものが数多くあります。たとえば、大槌と小槌でリズミカルに鉄を打つ「相槌を打つ」、3万以上もの層ができるまで折り返しては鍛えて地鉄(じがね)をつくる「鍛錬」。ほかにも「付け焼刃」や「しのぎを削る」「反りが合わない」等々、日本刀が日本人の生活と分かちがたく結びついていたことを示す言葉はまだまだあります。

 

日本刀の主な原料は、奥出雲の古式製鉄法「たたら吹き」によってわずかに出来る「玉鋼(たまはがね)」。その玉鋼とシンプルな道具を使って、刀匠の技と精神力が日本刀を作り上げるのです。現在の法律では美術品として分類され、各都道府県の教育委員会が一振りずつ作者に登録証を発行しているため、購入者に手続きは必要ありません。

 

かつては実用的な観点から、切れやすく折れにくいという、相矛盾する特性を要求されてきた日本刀。それを可能にしてきたのが、炭素量が少なく軟らかい「心鉄(しんがね)」を、炭素量が多く硬い「皮鉄(かわがね)」で包んで成型する刀匠の技術です。「火床(ほど)」と呼ばれる炉の中で均一に赤めた刀身を一気に水槽に入れる「焼入れ」は、作刀工程のなかでも最も緊張する正念場。刀身に強度を与えるだけでなく、日本刀の良し悪しが、この「焼入れ」で決まるといいます。収縮する鉄の特性を生かし、刀身に反りが生じるのもこの瞬間。「刀を鍛えるのは、己を鍛えることと同じ」という月山貞利氏の居住まいは、どこか真理を求め続ける求道者を思わせます。

 

「焼入れ」のあと整えられた刀身の表面を飾るのが、「綾杉肌」と並ぶ月山家お家芸の「刀身彫刻」です。松ヤニを敷いた台の上に刀身を固定させ、百以上あるという自作の鏨(たがね)を自在に使い分けながら、桜や梅、龍などの彫刻をほどこし、茎(なかご)と呼ばれる部分に銘を切る。こうして世界に一つしかない美術品が生まれます。

 

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ブームに終わらない日本刀の魅力

 

近年、海外からも熱い視線を集めている日本刀。さらに、アニメやゲーム、小説などをきっかけとした「刀剣ブーム」が、これまでにない日本刀のファン層を増やしています。月山家の次代を担う月山貞伸氏は、最初このブームを一過性だろうと考えていたそうです。ところが、キャラクターへの興味をきっかけに展覧会に訪れた人たちが、いつしか刀そのものに興味を持つようになり、裾野が広がってきたのを実感すると言います。これまで男性の趣味や、誕生や還暦など節目にのみ購入するものだと思われがちだった日本刀。女性や若年層がその魅力に目覚め、手元に置いておきたいと思う人が現れ始めた理由のひとつに、「日本刀の本来持つ、誰が見ても美しいと思えるかがやき」があるのではないかと貞伸氏は言います。

単なる武器ではなく、古くから宗教的な宝物や美術品として鑑賞されてきた日本の刀剣。「現代に日本刀を作り続ける意味は何か。何が求められているのか、現代人の感性に寄せて考え続けたいですね」という貞伸氏。山の辺の道沿いの道場に、清々しい槌の音が響きます。

 

月山貞利氏(左)と月山貞伸氏(右)

月山貞利氏(左)と月山貞伸氏(右)

 

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月山日本刀鍛錬場・記念館

  • http://gassan.info/
  • 桜井市大字茅原228-8
  • 開館 3~7月と9~11月の毎土曜日 10時~16時
  • 入場料無料

 

登大路ホテル奈良からのアクセス

  • JR奈良駅から万葉まほろば線で三輪駅下車、徒歩約15分
  • 近鉄桜井駅よりタクシー約10分

 

※今後の展覧会など

奈良県立美術館 特別展「奈良の刀剣 -匠の美と伝統-」

2018年4月21日(土)~6月24日(日)

http://www.pref.nara.jp/item/193724.htm#moduleid43108

香雪美術館 企画展 月山貞一没後100年「明治の刀工 月山貞一と村山龍平」(仮)

2018年4月21日(土)~6月17日(日)

http://www.kosetsu-museum.or.jp/mikage/