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【綴る奈良vol.9】采女祭と猿沢池

中秋の名月に猿沢池で行われる「采女祭」。管弦船に乗せられた「花扇」が美しい 写真:(株)地域活性局

中秋の名月に猿沢池で行われる「采女祭」。管弦船に乗せられた「花扇」が美しい 写真:(株)地域活性局

 

南都八景「猿沢池の月」

 

中秋の名月とは旧暦8月15日に観られる月のことで、毎年9月中旬から10月初旬あたりを変動します。奈良では、各地の社寺や景勝地で観月会が催されますが、中でも三条通をはさんで興福寺の南に位置する猿沢池から観る月の美しさは、「猿沢池の月」として「南都八景」のひとつに数えられています。猿沢池のぐるりに飾られた提灯が、ほんのりと色づき始める頃、満月のもと繰り広げられる「采女祭(うねめまつり)」を一目見ようと、多くの人たちが集まります。

 

喧騒のなか空を見上げると、春日山から満月がのぼり始める 写真:(株)地域活性局

喧騒のなか空を見上げると、春日山から満月がのぼり始める 写真:(株)地域活性局

 

かなしい采女伝説

 

「采女祭」は、春日大社の末社である采女神社と、猿沢池を中心に行われる祭礼です。この神社は、猿沢池に身投げした采女を祀るために建てられました。采女とは、古代、天皇のそばで食事や日常のお世話をした後宮の女官を指し、地方豪族の妹や娘が選ばれたといわれています。猿沢池の北西の角、三条通に面した華やかな場所にあるにもかかわらず、普段の采女神社は鳥居も授与所も閉じられて、その身を隠すようにひっそりとしています。

 

目立たない理由のひとつが、ちいさな社殿の向きです。猿沢池に面した鳥居の奥には、後ろ向きの社殿がぽつんと建っています。これには、帝の寵愛が薄れたことを嘆き入水した采女の霊が、池を見続けるのは辛いことだと、一夜のうちに向きを変えてしまったという言い伝えがあります。なるほど、采女の嘆きを思いやって正面に背を向けた社殿を眺めてみると、朱塗りの柱に囲まれたちいさな白い壁が、寂しそうな女性の背中を思わせます。采女祭の日は鳥居に榊が立てられ、境内が開放されます。月あかりを頼りに針に糸を通すことができれば、願いが叶うという言い伝えにちなんだ「糸占い」は、縁結びにご利益があると人気です。

 

猿沢池周辺にはほかにも、采女が入水したときに柳に衣を掛けたという「きぬかけ柳」の石碑や、興福寺五重塔へと続く五十二段の階段下には、奈良をこよなく愛した會津八一が采女のことを詠んだ歌碑もあり、采女のかなしい物語が、人々の心に強く刻まれてきたことがわかります。

 

王朝絵巻のような管弦船の儀

 

「采女祭」当日、17時から華やかな天平衣裳をまとったミスうねめ・ミス奈良、そして稚児たちの一行が市内を練り歩き、18時からは采女神社にて神事がとり行われます。秋の七草を集めてつくったおよそ2メートルの「花扇」は、七夕の日に宮中に献じて御所の池に浮かべた故事によるもの。19時、春日山から見事な満月が上ってくるのと前後して、いよいよ「管弦船の儀」が始まります。南都楽所(なんとがくそ)の奏でる雅楽が鳴り響くなか、舳先に竜の頭と想像上の水鳥・鷁(げき)の頭をあしらった二隻の船が、水面にゆれる流し灯籠のあいだをしずかに進んでゆきます。池を2周ほど巡ったあと、最後に十二単姿の花扇使いが、船の上から猿沢池の中央に花扇を沈め、采女の霊をなぐさめて祭礼は終わります。

 

祭の半ばに春日山から顔を見せはじめた満月は、下界の喧騒を照らしながら、いつの間にか空高くのぼっています。

 

雅楽が奏でられる中、花扇使・ミスうねめ・ミス奈良たちを乗せた管弦船が猿沢池を巡る(1) 写真:(株)地域活性局雅楽が奏でられる中、花扇使・ミスうねめ・ミス奈良たちを乗せた管弦船が猿沢池を巡る(2) 写真:(株)地域活性局

雅楽が奏でられる中、花扇使・ミスうねめ・ミス奈良たちを乗せた管弦船が猿沢池を巡る 写真:(株)地域活性局

 

伝説の多い猿沢池

 

周囲360メートルの猿沢池は、興福寺の放生(ほうじょう)池として、天平時代の記録にも残る由緒ある池です。現在も毎年4月17日に、約2000匹の金魚やフナが放流され、生きとし生けるものの成仏を祈る「放生会(ほうじょうえ)」が行われています。神仏習合の信仰が根付いてきた奈良らしい景勝地のひとつ猿沢池には、不思議な言い伝えがいろいろと残っています。

 

そのうちの一つは、采女祭の日に猿沢池に手足を浸すと、しもやけにならないという言い伝えです。昔は、冷たい水仕事の多い吉野の紙漉きの女性が、この日の猿沢池に手を浸しにやってきたのだとか。

 

鹿のたくさんいる奈良を代表する池の名前に、なぜ「猿」の字がついているのか。これにも伝説があります。弘法大師が興福寺で修行中、一匹の猿が毎日菓子を持ってきました。ある日、その猿が死んでしまい、弔いのために作った「猿塚」が池の近くにあったことに由来するのだとか。

 

他にも、猿沢池には竜神もしくは大蛇が棲んでいたともいわれ、池の水がやけどにも効くという噂が広く関東や九州にまで伝わっていたそうです。現在は危険ですので、もちろん池に立ち入ることはできません。

 

もうひとつの采女祭

 

采女が池に身を投げた理由も、別の言い伝えがあります。許嫁のもとに帰ろうと、入水のふりをして郷里へ戻った采女でしたが、許嫁は彼女が去った世をはかなんで死んでしまいました。結局、采女も後を追うように、今度は本当に身投げしたというもの。伝説の残る福島県郡山市では、毎年8月に「うねめまつり」が盛大に行われます。姉妹都市である奈良市と郡山市では、毎年互いの祭りに参加しあって、伝説の采女の霊をなぐさめています。

 


 

登大路ホテル奈良からのアクセス

ホテルを出て登大路を東へ、興福寺境内を南に進み、南円堂もしくは五重塔を下ってすぐ。徒歩5分

 

采女祭

  • https://narashikanko.or.jp/event/unemematsuri/
  • 宵宮祭(中秋の名月の前日・2018年は9月23日)
  • 神事17時~
  •  
  • 本祭(中秋の名月・2018年は9月24日)
  • 花扇奉納行列17時~
  • 花扇奉納神事18時~
  • 管絃船の儀19時~

 

※2018年6月現在の情報です。

※中秋の名月は毎年変わりますので、必ず日時をご確認ください。

 

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