山の辺の道 ー柳本から三輪、桜井ー

大和盆地の東の山裾を結ぶ「山の辺の道」。日本最古といわれる古道のうち、現在ではJR桜井線(万葉まほろば線)天理駅から桜井駅の東を南北に延びる約16キロメートルがハイキングコースとして整備されています。前回ご紹介した北半分に続き、今回は天理市柳本から桜井市三輪、金屋に延びる南半分のコースをご紹介します。

続きを読む
  • 散策
山の辺の道 ー柳本から三輪、桜井ー

山の辺の道 ー石上神宮から長岳寺ー

「山の辺の道」は、奈良盆地の東側、笠置(かさぎ)山地の麓に沿って春日山(奈良市)と三輪山(桜井市)を南北に結び、その名前は日本書紀や古事記にも記されています。かつて淡水湖だった大和盆地の東湖岸より標高の高い交易ルートとして発達したであろうこの古道は、奈良時代に入るとより低地に整備された上ツ道、中ツ道、下ツ道などの官道にその役割を譲っていきました。

続きを読む
  • 散策
山の辺の道 ー石上神宮から長岳寺ー

聖武天皇祭・山陵祭

~聖武天皇の御忌法要~ 4月になると、奈良の町のあちらこちらで「聖武祭」と書かれた赤い張り紙を見かけるようになります。毎年5月2日と3日に営まれる「聖武天皇祭」と「山陵祭」は、天平勝宝8(756)年5月2日に崩御した聖武天皇の遺徳を偲んで営まれる御忌法要です。東大寺を建立し、大仏造立の詔を発し、その遺愛の品が正倉院に数多く残される聖武天皇の治世は、地震や疫病にみまわれた多難の時代でした。

続きを読む
  • 行事
  • 散策
  • 文化
聖武天皇祭・山陵祭

奈良きたまち散策

~ならまちとは違う表情「きたまち」~ 登大路ホテル奈良や近鉄奈良駅の北に広がる、通称「きたまち」。奈良の北の玄関口として、ならまちとはまた違った趣きのエリアです。商店街の突き当たりにある奈良女子大学は、江戸北町奉行所の倍以上の広さを誇った奈良奉行所跡に建てられており、女子大の前身である奈良女子高等師範学校は、1908年に日本で二番目に設置された女子教員養成学校でした。旧本館である記念館は、きたまちのシンボル的建物のひとつであり、入口横の守衛室とともに、国の重要文化財に指定されています。

続きを読む
  • 散策
奈良きたまち散策

志賀直哉と奈良

~社家の町、上高畑町~ 奈良市高畑町のうち飛火野園地の南、春日山の西南麓にあたる上高畑(かみたかばたけ)の一帯は、かつて「春日禰宜町御赦免地」と呼ばれた社家(神官の家柄)の町でした。現在も閑静な邸宅が並び建つこの地に、「小説の神様」として知られる志賀直哉(1883~1971年)が自邸を建てたのは、今から90年余り前の昭和4(1929)年のことです。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
志賀直哉と奈良

平城宮跡の楽しみ方

~地中に眠っていた都~ 天平文化が花開いた「平城京(へいじょうきょう)」は、今から1300年以上前の710年に唐の長安をモデルに設計された都です。その中央北寄りにある「平城宮(へいじょうきゅう)」は甲子園球場の約30倍の面積を持ち、政治や儀式の場である大極殿や天皇の住まいである内裏、役所などが建ち並ぶ都の中心区画でした。

続きを読む
  • 散策
平城宮跡の楽しみ方

歴史のなかにくらす 橿原市今井町

「大和の金は今井に七分」 近鉄八木西口駅を南西へ進み、飛鳥川に架かる朱塗りの蘇武橋(そぶばし)を渡ると、樹齢430年を超えるエノキの大木の奥に、漆喰壁と瓦屋根が美しい「今井町(いまいちょう)」の町並みが目に入ります。かつて「大和の金は今井に七分」(奈良の財産の七割は今井に集まっている)とうたわれた橿原(かしはら)市今井町のほぼすべては、伝統的建造物群保存地区のうち特に価値が高い「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。大和三山のひとつ畝傍山(うねびやま)に近い東西600メートル南北350メートルの旧環濠内には、今もおよそ500軒の町家が連なり、多くの人々がこの町で生活しています。日々のくらしと歴史的な景観が広域に共存している稀有な町、それが今井町です。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
歴史のなかにくらす 橿原市今井町

雪丸と達磨大師 聖徳太子ゆかりの王寺町

~王寺町と聖徳太子~ 佐保川や飛鳥川など大和川水系の河川が合流し、大阪へと流れる県境に位置する王寺町。町の名前は、聖徳太子建立ともいわれる「片岡王寺」に由来するとされています。生駒山地の南端と金剛山地の北端が接する場所でもあり、古代から水陸ともに交通の要衝として重要な位置を占めてきました。近年では、大阪の天王寺駅まで約20分という利便性から、ベッドタウンとして人口を増やす一方、「雪丸(ゆきまる)」「達磨」をキーワードにした、聖徳太子ゆかりの里としての一面が注目を集めています。これらの縁起を伝えてきた中心地が、達磨大師と聖徳太子、千手観音菩薩の三尊を本尊とする、「片岡山 達磨寺(だるまじ)」です。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
雪丸と達磨大師 聖徳太子ゆかりの王寺町

宇陀松山のまち並みと現代アート

~万葉集にも詠まれた薬猟の地~ 奈良盆地の東南、桜井市と三重県名張市の間に位置する宇陀市は、菟田野町、大宇陀町、榛原町、室生村の4つの町村が合併して2006年にできた、県内6位の面積を持つ自治体です。市域の西南を占める大宇陀地区は、近鉄榛原駅から宇陀川の流れを7キロほど南へ辿った場所にあり、又兵衛桜や大宇陀温泉あきののゆ、うだ・アニマルパークなど人気スポットの集中するエリアです。

続きを読む
  • 行事
  • 散策
宇陀松山のまち並みと現代アート

京終界隈 奈良町の南の玄関

~物流の拠点だった京終駅~ 登大路ホテル奈良からほぼ真南へ2キロメートル足らず、JR桜井線(万葉まほろば線)の「京終(きょうばて)駅」が開業したのは、現在のJR奈良駅より1年早い1898年。当時は桜井と奈良を結ぶ終着駅でした。奈良町南端に接する一帯は古くから物流拠点としてにぎわい、1919年には東部山間の特産品や物資を運搬するロープウェイ「奈良安全索道」が竣工、その後都祁(つげ)まで延伸し、約17キロメートルを110本以上の鉄柱がつないでいたそうです。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
京終界隈 奈良町の南の玄関

會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

~奈良を「酷愛」した會津八一~ 奈良を愛した数多くの文化人の中で、自ら奈良を「酷愛」する(極端に愛する)と言ってはばからなかったのが會津八一(あいづ・やいち=1881~1956)です。美術史家であると同時に、「秋艸道人(しゅうそうどうじん)」の筆名で書家、歌人の顔を持つ八一は、奈良の歌を数多く詠みました。自筆の文字を刻んだ歌碑は、現在県下に20基ほど確認することができます。今回は登大路ホテル奈良から徒歩圏内にある、奈良公園周辺の會津八一歌碑5基をご紹介します。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
會津八一の歌碑 歌で巡る奈良公園周辺

佐紀 水辺の風景

~平城京の北に連なる水辺の風景~ 平城宮跡に復元された大極殿の北側一帯に、奈良にはめずらしい水辺の風景が広がります。東はJR大和路線(関西本線)と国道24号線、西はおおよそ近鉄京都線までの一帯を、古くから「佐紀(さき)」と呼び、その多くが「歴史的風土保存地域」に指定されています。『続日本紀』に「松林苑(しょうりんえん)」と記載された広大な奈良時代の離宮跡であると同時に、さらに古い時代の大型古墳や池が今も姿をとどめる歴史の道です。

続きを読む
  • 散策
佐紀 水辺の風景

名勝 依水園と寧楽美術館

~東大寺に隣接する手入れの行き届いた日本庭園~ 登大路ホテル奈良を出て東へ、県庁横に新しくできた奈良公園バスターミナルの北東角にある「登大路町」の信号を東へ渡ると、白壁が続く道の奥に、若草山が迫ってくるように見えてきます。一帯を水門町(すいもんちょう)と呼ぶのは、春日山原始林に源を発し、東大寺南大門の南をたどる「吉城川(よしきがわ)」の水量を調節する門があったことに由来するのだとか。万葉集にも詠まれたこの吉城川の美しい水を取り入れてつくられたのが、奈良随一の名園といわれ、古今さまざまな文人に愛されてきた日本庭園で国指定の名勝である「依水園(いすいえん)」です。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
名勝 依水園と寧楽美術館

奈良で知る、路地の楽しみ。

奈良の魅力のひとつ、それは町のほどよい大きさです。登大路ホテル奈良と興福寺の南に広がる「ならまち」と呼ばれる、およそ1キロメートル四方のエリアと、JR奈良駅周辺や近年人気の「きたまち」エリアを含めても、2キロメートル四方ほどの空間に多くのお店があつまり、奈良の人たちがくらしています。人通りの多い道からすこし脇へ入ると、あちらこちらに懐かしい雰囲気の路地があります。今回は、そんな路地で「奈良の時間」を堪能できる、すてきな3つのお店をご紹介します。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
奈良で知る、路地の楽しみ。

行基さんと奈良

~待ち合わせの目印「行基さん前」~ 近鉄奈良駅の地下改札から、登大路ホテル奈良の方へ向かって東の階段を上ると、頂きに銅像の立つ噴水が目に入ります。赤膚焼の銅板を積み上げた円錐形の台座の上から、「ある方角」を見つめているのは、「菩薩」の称号を得た奈良時代の高僧、行基(ぎょうき)です。待ち合わせ場所として有名なこの場所を、奈良の人たちは親しみを込めて「行基さん前」と呼びます。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
行基さんと奈良

宝山寺と参道をあるく

近鉄生駒駅から歩道橋を150メートルほど南西に進むと、2018年8月に開業100周年を迎えた生駒ケーブルの鳥居前駅があります。山上にある遊園地のキャラクターにちなんだ愛らしい車両が走るこのケーブルは、生駒山中腹にある宝山寺(ほうざんじ)への参拝客を運ぶために敷設された、日本初の営業用ケーブルです。「鳥居前」という駅名は、1982年まで駅の横にあった大鳥居に由来します。

続きを読む
  • 行事
  • 散策
  • 文化
宝山寺と参道をあるく

奈良の西国三十三所

奈良時代の718年、長谷寺の徳道上人(とくどうしょうにん)が夢のお告げによって草創したと伝わる日本最古の巡礼路(みち)「西国三十三所」。和歌山県の青岸渡寺を第1番、岐阜県の華厳寺を第33番として、近畿一円に33か所ある観音信仰の霊場のことです。2018年は、草創から1300年を迎える記念の年にあたり、特別拝観などの記念事業が各寺で行われています。

続きを読む
  • 散策
  • 文化
奈良の西国三十三所

夏の東大寺を楽しむ

奈良の夏の暑さは格別です。特に主要観光地の多い奈良市中心部は奈良盆地の北に位置し、盆地特有の湿気と高温に夏バテ気味の鹿たちを見かけることもしばしば。一方で奈良公園や春日原生林、寺院のおかげで緑の多い奈良の夏は、一年中で最も生命力あふれる季節でもあります。今回は広大な境内を夏でも楽しく巡ることのできる、朝と夕そして夜の東大寺をご案内します。

続きを読む
  • 散策
夏の東大寺を楽しむ

金魚のいる城下町 大和郡山

奈良市の西南に位置する大和郡山市は、郡山城を中心に発展した城下町です。1580年に戦国大名・筒井順慶によって築かれた城は、豊臣秀吉の弟・秀長によって大きく拡張整備されました。1724年に入城した柳沢家の治世は6代約150年間続き、藩主の庇護のもと、赤膚焼や金魚の養殖など大和郡山を代表する文化的産業が育ちました。

続きを読む
  • 行事
  • 散策
  • 文化
金魚のいる城下町 大和郡山