螺鈿のいろどり 奈良漆器 北村家の漆芸

右から北村昭斎氏、北村繁氏、小西寧子氏の作品
写真:Photographer MIKI

螺鈿のいろどり 奈良漆器 北村家の漆芸

正倉院宝物と北村家

天平時代を中心とする美術工芸品の粋を集めた正倉院宝物。その修理や模造復元が本格的に始められたのは、今から約150年前の明治時代初期のことです。近代国家として美術工芸品の保護と制作の奨励をはかった明治政府は、奈良博覧会を開催。正倉院宝物も出陳され、大変な人気を博しました。この頃、修理や復元を通して「奈良漆器」の名前を世に広めたのが、春日大社や東大寺、興福寺の御用塗師を父に持つ吉田立斎(りっさい)です。立斎の弟で、母方の姓を継いだ北村久斎(きゅうさい)もまた、早くから漆芸の道に進み独立、その息子の大通(だいつう)は作家として工芸界にデビューするとともに、正倉院宝物をはじめ當麻曼荼羅厨子の修理など多くの業績を残しました。

連綿と続く漆芸一家に育ち、「螺鈿」の技術によって初めて重要無形文化財保持者、いわゆる「人間国宝」の認定を受けたのが、大通の息子である北村昭斎(しょうさい)氏です。

重要無形文化財「螺鈿」保持者 北村昭斎氏
写真:Photographer MIKI

重要無形文化財「螺鈿」保持者 北村昭斎氏
写真:Photographer MIKI

祖父久斎の弟子や、正倉院宝物の保存調査員たちが自宅に出入りする環境に育った昭斎氏ですが、戦後は漆工品の仕事が少なく、家業を継ぐという意識は漠然としたものだったといいます。しかし、東京美術学校出身で新しいもの好きだったという父の大通氏や、書誌学者として知られる叔父の川瀬一馬氏などの影響もあり、東京藝術大学に入学。近代漆芸の巨匠である松田権六教授から教えを受けました。一方で東京での学生時代、日本の古典芸能はもちろん、新劇や映画、ミュージカルなど幅広い芸術に触れたという昭斎氏。卒業後は電機メーカーの意匠課へ入社、扇風機や暖房器具など家電製品のデザインを担当します。27歳で大通氏の助手として文化財の修理に加わったのち、29歳で日本伝統工芸展初入選、以来、文化財の修復専門家と作家という漆芸一筋の人生が始まりました。

大胆なデザインと緻密な技法で人間国宝に

漆工品修理の選定保存技術保持者として認定を受け、正倉院宝物をはじめとした文化財の修理作業ともに、文化財を一から再現する模造復元にも取り組んできた昭斎氏。「修理するものは、どれも大切なものばかり」で、創作活動との両立は大変だったといいます。一方で、数々の美術工芸品に触れ、その息づかいを文字通り肌で感じることが、作家としての創造力を満たし、鍛えてきたのも事実です。
正倉院宝物にも多用される「螺鈿」の技法は、天然貝の真珠層の部分を切り取って漆器に貼り込む、非常に緻密で高度な技巧です。その螺鈿を幾何学的かつ大胆に配置し、伝統的な文様と融合させた現代的な作品群は、昭斎氏の代表的な作風となり、人間国宝の認定に結びつきました。昭斎氏の多彩な仕事は、2006年に奈良国立博物館で開かれた「特別展 北村昭斎―漆の技」の図録にも収められています。また、2016年の春日大社式年造替にあわせて依頼された、国宝「金地螺鈿毛抜形太刀」の復元制作では、愛らしい猫や雀を見事によみがえらせて大きな話題となりました。

左から螺鈿の素材となるアワビ、白蝶貝、夜光貝
写真:Photographer MIKI

左から螺鈿の素材となるアワビ、白蝶貝、夜光貝
写真:Photographer MIKI

受け継がれる技とあり方

現在、北村家の漆芸を受け継ぐのは、息子の北村繁氏と娘の小西寧子(やすこ)さんです。大学では、漆芸ではなく金属工芸を専攻したという繁氏。そのきっかけは、父の展覧会に出かけた際、別の金工作品に魅せられてしまったからだとか。卒業後に改めて漆芸を学び、昭斎氏のもとで修理と制作に携わってきましたが、漆工品の多くには金工の技術も用いられており、今では大いに役立っているとのこと。「息子が金工を学んでくれて便利になったね」という昭斎氏の深慮遠謀が、もしかするとあったのかもしれません。現在は正倉院宝物のほか、海外の博物館が所蔵する漆工品の修理や、現地での指導にも忙しく飛び回っています。

現在、ワルシャワでの漆工品修理の指導にも関わる繁氏
写真:Photographer MIKI

現在、ワルシャワでの漆工品修理の指導にも関わる繁氏
写真:Photographer MIKI

下図を貝に貼り糸鋸で慎重に切り出す
写真:Photographer MIKI

下図を貝に貼り糸鋸で慎重に切り出す
写真:Photographer MIKI

頭の中で細部をイメージしながら貝を切り抜く
写真:Photographer MIKI

頭の中で細部をイメージしながら貝を切り抜く
写真:Photographer MIKI

昭斎氏と同じく、幼少の頃から工芸作家や文化人の出入りする環境に育ったお二人ですが、とりわけ姉の寧子さんは、忙しく働く父とそれを支える母厚子さんの背中に、漆芸一家のあり方を感じるとともに、漆工品を美術品としてだけではなく、もっと身近に感じてほしいと考えるようになったといいます。現在は、文化財の修理や伝統工芸作品の制作にとどまらず、漆の漉し紙を使ったコサージュや、スタイリッシュなペンダントなどアクセサリー制作にも幅を広げ、5年前に亡くなられたお母さまの役割も果たす毎日です。

軽くて扱いやすい寧子さんのアクセサリーや食器類は女性に人気
(ギャラリーたちばなにて)

軽くて扱いやすい寧子さんのアクセサリーや食器類は女性に人気
(ギャラリーたちばなにて)

漆芸に欠かせない漆漉紙を利用した美しいコサージュ
(ギャラリーたちばなにて)

漆芸に欠かせない漆漉紙を利用した美しいコサージュ
(ギャラリーたちばなにて)

常に開かれるまなざし

これまでも庭の草花やトンボ、雀といった小さな生き物、窓から見える瓦屋根などの日常風景も作品のモチーフに取り入れてきた昭斎氏ですが、近年改めて大切にしたいと感じているのが、身近なものの中にある日本的な情緒だといいます。それは単なる花鳥風月ではなく、例えば店先に並ぶ白菜や赤かぶ、あるいは車海老など、およそ漆工品とは縁遠いようなモチーフ。自由な発想と確かな技術によって、素材のうつくしさが引き出された作品が新たな注目を集めています。

症状を見極めて最善を尽くす名医のような文化財の修復専門家としての立場と、森羅万象からインスピレーションを得て新しいものを生み出す作家としての立場、対極でありながら密接に支えあう二つのまなざしが、常に昭斎氏の新境地を開きます。

北村昭斎作 螺鈿蒔絵短冊箱「春宵」
写真:Photographer MIKI

北村昭斎作 螺鈿蒔絵短冊箱「春宵」
写真:Photographer MIKI

左から北村繁氏、北村昭斎氏、小西寧子氏
写真:Photographer MIKI

左から北村繁氏、北村昭斎氏、小西寧子氏
写真:Photographer MIKI

登大路ホテル奈良からのアクセス

なら工藝館(常設展示に昭斎氏の作品あり)

Webサイト

http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/04public/02museum/01north_area/narakogeikan/

住所

奈良市阿字万字(あぜまめ)町1-1

アクセス

近鉄奈良駅から南へ、下御門商店街を抜けて右折すぐ、徒歩約15分

情報

営業時間 10:00~18:00
休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日(土・日を除く)、年末年始、展示替期

ならまちギャラリーたちばな(寧子氏の作品の取扱いあり)

Webサイト

http://www.naramachitachibana.com/home/index.html

住所

奈良市西寺林町18-1 電話0742-31-6439

アクセス

近鉄奈良駅から南へ、もちいどのセンター街の途中、西寺林商店街を東へ入ってすぐ

情報

営業時間 11:00~18:00
休廊日 水曜日

※2019年01月現在の情報です。

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