平城宮跡の楽しみ方

遷都1300年にあわせて復原された第一次大極殿

平城宮跡の楽しみ方

地中に眠っていた都

天平文化が花開いた「平城京(へいじょうきょう)」は、今から1300年以上前の710年に唐の長安をモデルに設計された都です。その中央北寄りにある「平城宮(へいじょうきゅう)」は甲子園球場の約30倍の面積を持ち、政治や儀式の場である大極殿や天皇の住まいである内裏、役所などが建ち並ぶ都の中心区画でした。

現在、世界遺産ならびに特別史跡である平城宮跡は、国営公園「平城宮跡歴史公園」として整備され、発掘調査やその成果の展示のほか、研究による建物の復原が進められています。

今でこそ全貌を見渡すことのできる平城宮ですが、保存活動が始まったのはわずか100年ほど前のことです。長岡京から平安京と都が遷り、9世紀には早くも水田となってしまった一帯を文字通り命がけで保存顕彰したのは、棚田嘉十郎(たなだ・かじゅうろう)という一人の植木職人でした。

現在「平城宮いざない館」前にある棚田嘉十郎の像

現在「平城宮いざない館」前にある棚田嘉十郎の像

朱雀門の南に2018年開館した「平城宮いざない館」は、平城宮跡全体のガイダンス施設

朱雀門の南に2018年開館した「平城宮いざない館」は、平城宮跡全体のガイダンス施設

人々の熱意で保存調査が進む平城宮跡

平城宮については江戸末期から調査が行われ、その推定地が次第に解明されはじめましたが、万延元(1860)年に奈良で生まれ、植樹の仕事をしていた棚田嘉十郎は、荒れ放題の平城宮跡に心を痛めていました。明治33(1900)年、古建築の調査をしていた技師の関野貞(せきの・ただし)による遺跡の重要性と保存を訴える記事が新聞に載り保存運動が高まる中、棚田は自費で上京を繰り返すなどして著名人の賛同を集めに奔走します。地元の有志らの協力も得て土地買収や平城遷都1200年祭(1910年)などを成功に導いた活動は、私財を投げ打つほどの情熱によって続けられ、生活は困窮を極めたといいます。そして大正10(1921)年、仲間の裏切りなどを苦に棚田は自刃してしまうのです。翌年には平城宮第二次大極殿と朝堂院跡が史蹟に指定され、戦後には奈良文化財研究所による精力的な発掘調査が開始。保存の夢は後世の人たちに受け継がれ、JR奈良駅前広場には、棚田が建立した平城宮跡への大きな道標が今も残ります。

発掘調査の過程や木簡などの出土物、模型などによる当時の建物や生活の再現、実物の遺構などは、平城宮跡の北側にある「平城宮跡資料館」や「遺構展示館」に展示されています。知らずに歩くと殺風景にも思える平城宮跡も、その歴史や人々の想いを知って歩くと違った景色に見えてきます。

平城宮跡西端にある「平城宮跡資料館」では、発掘調査の過程をジオラマで体感できる

平城宮跡西端にある「平城宮跡資料館」では、発掘調査の過程をジオラマで体感できる

発掘したそのままの状態を間近に見ることができる「遺構展示館」

発掘したそのままの状態を間近に見ることができる「遺構展示館」

大正12(1923)年に建てられた平城宮阯保存記念碑 春は桜が美しいエリア

大正12(1923)年に建てられた平城宮阯保存記念碑 春は桜が美しいエリア

復原が進む平城宮跡

現在、約1キロメートル四方に広がる平城宮跡。 都が置かれていたのは710年から784年までのわずか70年あまりですが、律令国家としての形が整い、日本書紀や古事記、万葉集などが編まれた非常に重要な都でした。

740年から5年間、聖武天皇は恭仁京(くにきょう)や難波宮(なにわのみや)、紫香楽宮(しがらきのみや)などに遷都を繰り返しました。疫病や内乱などさまざまな理由が考えられるそうですが、建物の移築など庶民にとっては大変な労役だったことでしょう。10万人の人々がくらし、7000人の役人が毎朝日の出とともに平城宮内の役所で仕事に従事したといいます。平城京遷都の際に建てられた「第一次大極殿」の発掘調査が始まったのは1970年、それより以前に発見されていた745年以降に建てられた「第二次大極殿」が、なぜ東側に並ぶように配置されたのかなど、まだまだ分からないことも多く残されています。

現在、平城宮跡では継続的な発掘調査とともに、主要建造物の復原が進んでいます。1998年に復原された「朱雀門(すざくもん)」は、幅75メートルの朱雀大路を南から進んできた外国の使節団なども出入りした正門。門前では人々が集まり、歌垣なども行われたようです。

2010年の遷都1300年にあわせて復原された「大極殿」は、現在復原工事中の「南門」のほか、築地回廊や東西の楼閣をあわせた「第一次大極殿院」として整備される予定です。

平城宮南面の正門「朱雀門」

平城宮南面の正門「朱雀門」

復原された大極殿内に文献などを元に作られた「高御座」。現在のものより大きい。

復原された大極殿内に文献などを元に作られた「高御座」。現在のものより大きい。

とても広い平城宮跡、一日かけてじっくり巡るもよし、一条通りに近い大極殿周辺の北側と、登大路ホテルからまっすぐ西に続く大宮通りに近い朱雀門ひろば周辺の南側に分けて巡るのもおすすめです。朱雀門ひろばには、平城宮跡全体のガイダンス施設である「平城宮いざない館」のほか、レストランやカフェのある「天平うまし館」、奈良の食品や工芸品が揃う「天平みつき館」などもあり、四季を通じてイベントなども数多く催されています。

これからもまだまだ姿を変えてゆく平城宮跡の「いま」を、折に触れて楽しんでみてはいかがでしょうか。

復元模型や映像を駆使した「平城宮いざない館」

復元模型や映像を駆使した「平城宮いざない館」

登大路ホテル奈良からのアクセス

平城宮いざない館

Webサイト

https://www.heijo-park.go.jp/

住所

奈良市二条大路南3-5-1 電話 0742-36-8780

アクセス

近鉄奈良駅からぐるっとバス「大宮通りルート」に乗車、「朱雀門ひろば」下車すぐ、もしくは
奈良交通「学園前駅」行きに乗車、「朱雀門ひろば前」下車すぐ

情報

・開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)、
夏季(6月~9月)は10:00~18:30(入館は18:00まで)
・休館日 2、4、7、11月の第2月曜(祝日の場合翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)
・隣接する交通ターミナルに有料駐車場あり(42台)

遺構展示館/第一次大極殿/平城宮跡資料館

Webサイト

https://www.nabunken.go.jp/heijo/museum/index.html

住所

奈良市二条町2-9-1 電話 0742-30-6753

アクセス

近鉄奈良駅から奈良交通バス「大和西大寺駅」行きに乗車、
遺構展示館は「平城宮跡・遺構展示館」下車、
第一次大極殿は「佐紀町・大極殿」下車、
平城宮跡資料館は「二条町」で下車、
それぞれ南へすぐ。

情報

・開館時間 9:00~16:30(入館は16:00まで)
・休館日 月曜(祝日の場合翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)
・無料駐車場あり 遺構展示館(100台)、平城宮跡資料館(20台)

朱雀門ひろば

Webサイト

https://www.suzakumon-heijokyo.com/

住所

奈良市二条大路南4-6-1 電話 0742-35-8201

アクセス

近鉄奈良駅からぐるっとバス「大宮通りルート」に乗車、「朱雀門ひろば」下車すぐ、もしくは
奈良交通「学園前駅」行きに乗車、「朱雀門ひろば前」下車すぐ

情報

・各店舗の開館時間等はWEBサイトを参照
・隣接する交通ターミナルに有料駐車場あり(42台)

※2020年01月現在の情報です。

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